ハメット最後の長編である『影なき男』。1991年に出た小鷹信光さんの新訳もさっさと絶版になってて現在入手不可能なので仕方ない、図書館で借りて読みました。

面白いっ!!!

なんでこれ絶版なの!? なんで? なんで? 図書館でも書庫に入っちゃって、開架に並んでないし。

同じハメットの『デイン家の呪い』を楽しんだ後、チャンドラーの『さらば愛しき人よ』を読み返し、そしてこの『影なき男』と進んだんだけど、『さらば』より『影なき男』の方が断然面白かった! どんどん頁を繰っちゃった!!!

チャンドラーのフィリップ・マーロウ物は今でもほとんど全部書店に並んでるのに、なぜ『影なき男』や『ガラスの鍵』は絶版なのだ。

同じハメットでもかの有名な『マルタの鷹』だけはずっと健在なんだけど。

解説によると、アメリカでの人気はこの『影なき男』の方が、『マルタの鷹』の上を行っているらしい。

が、日本では人気がないと。

……なんか、わからなくもない。このお話、ハードボイルドミステリーというよりも、小粋な都会小説風。何より主人公の探偵が結婚してるもんなぁ。

文庫本の背表紙の「ストーリー紹介」には「おしどり探偵ニックとノラ」なんて書いてあるし。

このキャッチフレーズはなぁ、やめた方がいいと思うぞ。日本人の考える、日本語の「おしどり夫婦」とはずいぶんイメージが違うもの。

もちろん夫婦仲はいいんだけど、二人の会話がお洒落でね~。日本の「おしどり夫婦」っていうと「夫唱婦随」とか「あうんの呼吸」とか、「内助の功」とか、そーゆー感じでしょ。日本の男は高倉健を理想とする「男は黙って」、そして女はその黙ってる男の胸の内を汲んで、必要なものをさっと差し出す、みたいなさ。

「会話の妙」を楽しむ夫婦、って日本じゃあんまり想像できないじゃない。

むしろ「会話のない夫婦」が大多数というか(笑)。

主人公の元探偵ニックは、解説で「サム・スペード(『マルタの鷹』」の主人公のタフな探偵)のなれのはて」なんて言われちゃってるんだけど、結婚して探偵稼業から足を洗ってはいてもやっぱりタフで、「♪ボギー ボギー あんたの時代はよかった 男がピカピカの気障でいられたぁ♪」を地で行くかっこよさ。

日本人の男には眩しすぎるというか、「けっ、なんだよ、かっこつけやがって!」的な。

そういえば映画『マルタの鷹』はボギー(ハンフリー・ボガート)が主演してるよね。時代的にもそういう作品なんだなぁ。『影なき男』は1934年の作品だもの。

1934年って、昭和9年なんだよ! 昭和9年にアメリカ人はこんな粋な会話を楽しんでたんだもん、そりゃ日本は戦争負けるよ!!みたいな(笑)。

昭和9年頃の日本の小説って、どんなのがあるんだろうなぁ。めんどくさいから調べないけど、こんな「粋でお洒落でカラっとした」作品、ありそうにないよなぁ。

お話としてはけっこう『デイン家の呪い』と似てる気がする。変てこりんな一家がからむ事件で、一家全員ウソつきというか、言ってることが全然信用できない人達で。

どんどんとテンポのよい会話が交わされる中で、一体誰が本当のことを言っているのか、その証言は信用していいのか、さてさて???

ニックの奥さんのノラは好奇心旺盛、頭も良くて度胸もあり、部屋に突然拳銃を持った男が現れても動じない。

ニックはノラを巻き添えにしないためにとっさに彼女をベッドから殴り飛ばすんだけど、その夫の愛ある行動に対してノラは

「ひどいわね。気絶までさせなくてもよかったでしょ。この男を始末してくれるってことはわかってたわ。それを見たかったのに」

とのたまう。

いやはや、なんとかっこいい男と女でしょうか。この二人を「おしどり夫婦」と形容するのは絶対間違ってると思う。

それとか

(ノラ)「ほんとのことを教えて、ニック。わたしって、あまりにバカげた女かしら」

私は首を横にふった。「いや、ちょうどいいバカさ加減だよ」

ノラは声を上げて笑った。「このギリシャ人のシラミ野郎め」そして、電話機に向かった。

イカしてるよね。こんな夫婦になってみたいもんだよ。

って、私は思うけど、思わない人も多いのかもしれない。ハメットを読んでチャンドラーを読むと、すごくおセンチな感じがしてしまうんだけど、その「おセンチさがいい」って人が多いからこそ、チャンドラーは今も山積みされ、ハメットは絶版が多い……んだろう、きっと。

同じ気障でもマーロウはおセンチでやせ我慢で、「悔しいけど、ぼくは男なんだな」(笑)みたいな感じなんだけど、ハメットの主人公は「何にも考えずに“男”」「タフなものはタフ」って感じがする。

やっぱり、「♪ボギー あんたの時代はよかった」っていう、「“かっこいい男”は問答無用でそーゆーもん」だった、っていう。

昭和9年だもんなー。まだうちの父さえ生まれていない。

今の「草食系」の男の子達は、こーゆー「タフ」で「気障」なヒーロー像をどう思うのかなぁ。「ばかばかしい」とか「こんな男いるかよ」「こんなのは作られた“男らしさ”だろ」って思うのかな。

もちろん、今も昔も現実にサム・スペードやニック・チャールズがごろごろしているわけじゃなくて、「こんな風に生きてみたい」という憧れだったと思うのだけど。

今は「憧れ」ってないのかな。「等身大」とか「自然体」が「憧れ」ってのは、ちと寂しいような気がするんだけど。

ともあれハメット最高! 好みのタイプですわ♪

『ガラスの鍵』も近所の図書館になかったのでお取り寄せ予約中。楽しみだ。

ってかハヤカワさん、復刊してくれーっ!