『マルタの鷹』でおなじみのダシール・ハメットの幻の長編『デイン家の呪い』が小鷹信光さんの新訳で刊行されました! わ~い、ぱちぱち。

なんと56年ぶりの新訳だそう。すごいね、半世紀ぶり。

原著が書かれたのは1928年から1929年にかけてなんだもんね。80年前!? すごいな、そんな昔の作品なんだ。

ハメットの長編5作の中では一番人気がないらしいんだけど、なかなかどうして面白かったです。

確かに「ミステリー」としてはいまいちなのかもしれない。「謎解き」を楽しむという話ではないかも。

でも面白かった。

かなり無茶な展開に「えー、そんな」と思いながらもどんどんと頁を繰ってしまった。

なんだろう、この魅力。

『血の収穫』と『マルタの鷹』の間にはさまる長編2作目で、主人公は『血の収穫』と同じ名無しの探偵コンチネンタル・オプ。

「彼の踏んだ跡には草一本、蟻の一匹残らない」と『血の収穫』の感想に書いたけど、今回もタフというかなんというか。

不思議なかっこよさ。

今回それほど非情ではない。むしろ優しい。

でもその優しさが決してこう、ベタベタしてなくて、「正義感」とかじゃなくて。

ヒロインであるゲイブリエルという女の子を麻薬中毒から抜けさしてあげるんだけど、その時の台詞がふるってるんだよね。

彼女は「デイン家の呪い」というタイトル通りかなり劇的な育ち方をしていて、「自分は呪われている」「自分に近づく人間は不幸になる」と思い込まされているし、麻薬のせいもあって

「わたしは、普通の人のように物事を明瞭に考えることができない。ごく単純なことでさえも。わたしの頭の中では、あらゆることが複雑に混乱している」 (P297)

と自分の心のありようを卑下している。

それに答えるオプ。

「いま挙げたようなことは、私にとってはきわめて正常なことに思える。たとえどのようにとりつくろおうと、人は物事を明白に考えたりはできない。考えるということは頭が混乱するってことなんだ。人にできるには霧の中でちらっと見えるものをできるかぎりつかまえ、つなぎ合わせることぐらいさ」 (P298)

ここの何頁かのやりとり、いいんだよなぁ。

一つ片付いたと思ったらまた事件が起こって「前の事件の真相は別にある」を何度も繰り返す展開。それ自体も楽しめるんだけど、やっぱり一番は主人公オプの魅力なんだろうな。

なんせ彼の一人称なんだもんね。

彼自身の思考・行動に魅力がなかったら、読み進められない。

事件的にはほんと、最後に明かされる「真相」も「おいおい、そんな無茶な」って感じではあるんだけど。

でも好き。

「物語」の面白さは理屈じゃないのよ。「好き嫌い」は理屈じゃないのよ(笑)。

これを機に絶版のままの『ガラスの鍵』と『影なき男』も復刊してほしいな。ハヤカワさん、お願い!(とりあえず図書館行って借りてくるか)