『院政の日本人』を読んで、本格的に『双調平家物語』を読み返していたところへ。

出ました、橋本さんの新刊『日本の女帝の物語-あまりにも現代的な古代の六人の女帝達』

橋本さん曰く“『双調平家物語』のダイジェストでスピンオフ”、大部の書である『権力の日本人』『院政の日本人』から女帝にまつわる部分を抽出して、一般の人にも読みやすい分量にまとめてあります。

っていうと、『権力』と『院政』が「一般の人には読みにくい」本のようにも聞こえてしまいますが(^^;)

あちらはページ数がハンパじゃなありませんからね。しかも二段組、年表も系図も登場人物も桁違いに多い。

新書版のこの本に比べれば、かなりとっつきにくいです。

橋本さん本人がこの本の「あとがき」で、“「そちらを読めばもっと詳しいことが分かります」とも申し上げずらい”とおっしゃっているぐらいですもの。

なので。

ぜひともこちらを手にとっていただきたい。

騙されたと思って!

こっちにも系図は出てくるし、聞いたことない難しい漢字の人もけっこう出てきますが、それでも「女帝」に的が絞ってあるので、年代的にも幅が短くなり、すっきりとしています。

新書ですからね。200ページそこそこですもの。

大丈夫。絶対面白いです。もうホント、「学校で習ったこととずいぶん違うや~ん!」ってびっくりしますよ。そもそも学校で習う古代史って、聖徳太子と大化の改新ぐらいですもんね。あと律令国家がどうこう、班田収授法に聖武天皇の大仏。

聖武天皇って、困った人だったんですよ、実は。なんか、大仏建てた偉い人、って印象しかなかったけど。

「六人の女帝」のトップバッターは推古天皇。聖徳太子がその摂政だった、は絶対習うので、名前だけはよく知ってますよね。

その次が皇極天皇。この人は大化の改新でおなじみの中大兄皇子のお母さん。大化の改新の時、息子ではなく弟に譲位をして、その弟が亡くなると再び御位につき、斉明女帝となる。

大化の改新で中大兄皇子がさっさと天智天皇になったように思ってたのに、違うんだよな。

三人目は、その天智天皇の娘で、天智天皇の弟の天武天皇の后だった持統天皇。昔、里中満智子さんの『天上の虹』で読みました、彼女の生涯。……って、今調べたらこの作品、まだ続いてた。知らなかった。私が読んだのは最初の3冊ぐらいだわ……。

四人目が持統天皇の息子草壁皇子の妻で、持統天皇の異母妹でもあった元明天皇。

その娘の元正天皇が五人目で、元明天皇の孫にあたる聖武天皇の娘が六人目の女帝、孝謙天皇。

こうして書いてみるとすぐわかるけど、一人目の推古天皇以外は、みんな天智天皇がらみなんだなぁ。

天智天皇のお母さん、天智天皇の娘が二人、孫にひ孫。

持統天皇から孝謙女帝までの間に、男の天皇は文武天皇と聖武天皇だけ。文武天皇は十五で即位して二十五歳で死ぬし、前半は「持統上皇」が実際の采配をふるってるようなものだから、文武天皇自身の影は薄い。

聖武天皇は教科書的には「奈良の大仏」を建てた人で、藤原氏の傀儡になる前の、「絶対権力者としての天皇」を象徴するような人と思っていたけれど、実はあっちこっち都を移しまくって国を混乱させ、民を疲弊させる困った人。

しかも娘に譲位した後は、奥さんに「後は頼んだよ」と言ってほったらかし。

そんなふうに思ったことなかったけど、奈良時代ってホントに「女帝の時代」なんだ。

……ということがわかるだけでも面白いし、最後の孝謙女帝の悲劇なんて、副題通り「あまりにも現代的」。

孝謙女帝は日本史唯一の女性の皇太子となった人なんだよね。

愛子様騒動で色々揉めた(過去形にしていいんだろうか?)けど、「女性の皇太子」というものはすでに存在している。

二十一歳で皇太子になって、三十二歳で即位した孝謙天皇は、「天皇になる教育を受けた唯一の女性」で、橋本さんは彼女のことを「キャリア官僚になるためにエリート教育を受けて東大へ行った」現代女性のようなあり方、と言っています。

周りの人間は誰も彼女の「結婚」のことを考えなくて、彼女が結婚して子どもを産まなかったら皇統断絶になるのに(もちろん傍流の諸王はたくさんいるんだけど)、「そのうち天皇を辞めてくれるだろう」ぐらいに考えている。

天皇に女がなってもいいけど、結婚するんだったら辞めてね、っていうの、まさに現代女性と「仕事」の関係にそっくりだよね。

孝謙天皇は、「男女の機会均等」を前提にしながら、その状況整備がいい加減だったために「中途退職」を余儀なくされる女性なのです。(P185)

晩年は道鏡とのスキャンダルで、「やっぱり女なんか天皇にするもんじゃない」という前例を作ってしまった感のある孝謙天皇だけど、これ読むと「彼女が悪いんじゃないよな」って思います。

天皇家だけに特別に存在する「男女同等」。天皇を支える「朝廷」はけれどまったくの「男社会」で、男女の思惑がすれ違うのは千年前も変わらない。

ちょうど今、『双調平家物語』で持統天皇のあたりを読んでて、夫の天武天皇が諸皇子を集めて「おまえたち全員を一人の腹から生まれ出たものとして扱う」って宣言する「吉野の誓い」のシーン。

天武天皇がそう言うから、まだ天皇になる前の持統天皇も「私もそのように扱います」って言うんだけど、「そんなこと言ったって、私が腹を痛めたのは草壁皇子だけだわ」って、内心は思ってる。

男にとって、誰の腹から生まれた子どもであろうとそりゃ「自分の子」に違いないだろうけど、女にとっちゃ、「自分の子」はやっぱり自分の腹から生まれた子どもだけ。夫がよその女に生ませた子をみんな平等に愛せと言われても、ねぇ。

持統天皇があくまで自分の実子草壁皇子を皇位につけたい、と思ったところからその後の「女帝続き」の歴史が始まって、「母であるがゆえに天皇の上に立つ」という「上皇」というシステムも彼女が作ってしまうことになる。

持統天皇は日本史上もっとも有能な天皇と言ってよく、律令国家を整えたのも彼女なんだけれど。

持統天皇が、嫁である元明天皇に無茶苦茶を言うシーンなんか、読んでて苦笑します。夫である草壁皇子はさっさと死んじゃって、嫁姑関係だけが残ってるの。持統天皇は息子の忘れ形見である文武天皇を皇位につけたいから、「あなたがしっかりしないでどーするんです!」と嫁にはっぱをかける。

日本で一番偉い人がお姑さんなんだから、元明天皇の苦労は推して知るべしです。


年号と事件の羅列でしか見たことのない、無味乾燥な古代の日本。そこにはやっぱり、「人間」がいたのですよね。