前作『悪魔の報酬』でどうやっても会えなかったブッチャー氏にやぁーっと会えるところから始まるハリウッドもの第2作。

この、最初の「ブッチャー氏とのやりとり」がなかなか笑えます。
半ば拉致されるようにハリウッドに連れてこられたのに仕事の話はまるでなく、ブッチャー氏とも連絡が取れないまま6週間も無為に過ごしたエラリイ。なのに当のブッチャー氏はエラリイがハリウッドにいることを知らず、ニューヨークを四日間も探していたのです。

だから二人の電話が噛み合わない(笑)

「ハリウッドでなにしてるのかね? 今日わたしのところに顔を出してくれ」
「わたしがなにをしてるかって――」エラリイは言いかけた。「おっしゃることがわかりません」
「なんだって? なんで西海岸に来てるかと訊いてるんだ。休暇かね?」 (P17-P18)

怒り心頭のエラリイ、でもいざ実際にブッチャー氏に会ってみると、ころっと手なずけられちゃうんですよねぇ。一緒にお酒飲んで、すっかり意気投合。今度こそ本当に映画のシナリオに参加することになります。

ハリウッドのスター、ジャック・ロイルとブライズ・スチュアート。かつてはロマンスの激情を燃え上がらせた二人だけれど、その恋は破局に終わり、以来20年以上反目を続けています。その反目は互いの息子と娘にも受け継がれ、ロイル父子とスチュアート母子は何かにつけていがみ合ってきました。

その、両家の確執を本人たちの主演で映画にしよう!というのがエラリイの請け負った企画。

ところがなぜか突然ジャックとブライズは仲直りして結婚することになり、まぁその電撃結婚も映画のいい宣伝になるだろう、と思いきや。

ハネムーンに飛び立つ飛行機の中で、二人は毒殺されてしまうのですね。

その死の直前、ブライズにはトランプカードによる奇妙な脅迫状が届いていて、彼女の死後、今度はそれが娘のボニーのところに届くようになる。

さてエラリイは犯人を見つけ、ボニーの身を守ることができるのか?


事件そのもの――謎解きそのものはまぁ、それなりに楽しめるんですけど、エラリイがポーラ・パリスという女性にメロメロになってしまうのがどうにも。

クイーンはこれまで、ずっと、はげしい情熱には自分は無縁だと考えていた。(中略)だが、この歴史的瞬間に、彼が着ている女嫌いという鎧はひびがはいって脱げ落ちてしまい、デリケートな剣にたいして彼は無防備になった。 (P51)

6週間も無為に過ごさせられてだいぶ神経が参っていたんだろうとは思うけど、生意気でツンとして、女なんかに溺れないあの国名シリーズのエラリイはどこに。

ジューナ君が知ったらどんなに悲しむか……私も悲しいよ、エラリイ。君がそんな男だったなんて。

ポーラ・パリスって『エラリー・クイーンの新冒険』の後半、スポーツもの連作4編にも出て来て、あれ読んだ時にも「なんじゃこりゃ」って思ってたんですよね。時系列的にこの作品の後、あの連作短篇になるのでしょう。ライツヴィルシリーズには出てこなかったはずだから、きっとすぐに別れたんだと思うけど。

群衆恐怖症で引きこもりのコラムニスト、ポーラ。彼女自身は部屋から一歩も出ないのに、張り巡らせた情報網でハリウッドのことなら何でも知っている。

だから彼女は彼女で手持ちの情報から事件の犯人を推理し、それはエラリイの推理とも見事に合致するんですけど、エラリイ、「女には推理なんかできない」みたいなこと言うんですよね。書かれた年代を考えれば(1938年)「女に合理的な推理判断はできない」って偏見、仕方ないのかもしれないけど、女としてはやはりムッとしちゃいます。

ポーラ自身も「女特有の推理よ」とか言っちゃうしなぁ。犯人はわかるけど、その動機はわからない、とか。

もろもろの事情で国名シリーズよりも華やかに陽気に、エラリイにもロマンスを、ということになってるんでしょうが、ポーラとの絡み、うざいぃぃぃ~~~。


犯人とその動機には途中で「ああ」と思い至ったけど、最後に明かされた謎までは推理できませんでした。てかエラリイ、相変わらず「推理途中では推理を明かさない」から話がよけいややこしくなるし、最後の「種明かし」でももったいぶりすぎで、登場人物ならずとも「そんな前置きええから早よ説明せいや!」って思いました(笑)。

あと、仲違いしていたジャックとブライズがなぜ突然和解して結婚することになったのか、そもそも二人はなぜ若い頃破局してしまったのか、そこに何か謎があったんじゃないか――たとえば「実は血の繋がった兄妹だった」とか――、その娘と息子が愛し合ってはいけないのも何かそういう禁忌があるんじゃ……。

と思ったら全然違って。

ブライズの娘ボニーはもともとブッチャー氏と婚約してたのに、親二人が殺されたとたん、いがみ合ってたジャックの息子タイとラブラブになっちゃって。

「嫌よ嫌よも好きのうち」とは言いますけれども、ブッチャー氏の立場は(´・ω・`)

婚約者が別の男と電撃的に結婚すると聞いても落ち着いて映画会社のことを考えられるブッチャー氏、「天才児」ともてはやされるのも伊達じゃない、と思いました。

うん、なんか、エラリイがポーラにデレデレしているところで終わるだけに、いっそうブッチャー氏が気の毒で。

6週間どころか半年でもエラリイを飼い殺しにしていいよ、ブッチャーくん。