(これまでの感想記事はこちら→『Ⅰ 青い瞳のキャスバル』『Ⅱ 哀しみのアルテイシア~』『Ⅲ 暁の蜂起』『Ⅳ 運命の前夜』

(『Ⅵ 誕生 赤い彗星』の感想はこちら



はい、観てきました。
観てからもう1週間以上経ってしまっています。
記憶が……。

ネット公開されている冒頭11分映像を見て思い出しましょう。(※公開は終了したようですね、残念(^^;)



カイさんにそそのかされて開発区に繰り出すくだりは原作コミック12巻に描かれています。「柔道の朝練があるから行くんならさっさと行こう」とかいうハヤトのセリフは原作にはないですね。
逆に、学校で怒られた後、アムロとフラウが一緒に帰ってて初等科の子どもたちに「おばさんカレシと一緒っ」と囃し立てられてるシーンはアニメの方にはない。

「フラウ」という名前だからって「ボウおばさん」と揶揄される……それもせいぜい5つぐらいしか年の違わない子どもに……。

フラウ、戦争前から気苦労の絶えない子(^^;)

ともあれ古川さんのカイさんがノリノリで楽しいです。「あまちゃんね!アムロくぅん」(笑)

この11分の後はおおむね原作13巻の内容がアニメ化されているのですが、クランプとコズンがクラブ・エデンに別れを告げに来るシーンがずいぶん長くなっていました。

原作ではたった3ページで、ランバ・ラルが挨拶に来た二人に「あんなヤツラのためにだけは死ぬなっ!!」と言うだけなんですが、アニメではその後タチ中尉が来て、「もうすぐキシリア機関の者が来ます」とランバ・ラルとハモンさんに警告します。

で、すぐにキシリア機関の男たちが来て、命令不服従とかの罪でランバ・ラルを逮捕する!と言いだします。

「命令に従わなかった罪で降格されてここにいるんでしょ? 第一従わなかったのはドズルの命令で、キシリア関係ないじゃない」

みたいに言い返すハモンさん。

「どうしてもっていうならあんたたちみたいな三下じゃなく、キシリアが自分で来なさい! このクラウレ・ハモンがそう言っていたと、キシリアに伝えなさい!」

見事な啖呵なんだけど、泣く子も黙る(?)キシリアちゃんを呼び捨てな上に、「このクラウレ・ハモン」ってどのクラウレ・ハモン!?

そんなに有名人なの???

幼いキャスバルたちを逃がす時に最後キシリアちゃんに見つかってたから、顔見知りには違いないんでしょうけどね。アストライアのお見舞いにも行ってたし、ランバ・ラルの恋人兼懐刀としてザビ家からマークされていておかしくはないけど。

ともあれ、ハモンさんの啖呵ですごすご帰る男たち、マジ三下(笑)。

三下どもがいなくなった後、ハモンさんのピアノ弾き語り。たっぷり聞かせてくれました。もうちょっと短くても良かったかも……(^^;) 歌は沢城さんじゃなくて吹き替えだし。

原作とアニメで細かい違いはきっとたくさんあったんだろうけど、一番印象に残ったのが「このクラウレ・ハモン」で、その次がテキサスコロニーで暴徒に襲撃された時のセイラさんの表情

「闘うしかない」と心を決めて、「バリケードをつくりなさい!」と指揮を始めるんだけど、その、「心を決める」時の表情が、マンガ以上にエグい。

母の死をセイラに伝えに来る時のシャア(エドワウ)の表情そっくり。

「うわぁ、やっぱ兄妹や」って思わされる。

怒りと哀しみと、そしてそれでも「負けるものか!」と自分を奮い立たせる気概。決意さえしてしまえばてきぱきと指揮が執れるし、自ら銃を持って暴徒を撃つことすら――人を殺すことすらやってのけられる。

「おまえなら(脱出することが)出来るはずだ」とかシャアが無責任に言ってるけど、実際闘えちゃうからセイラさんすごいよね。兄に比べれば「まっすぐ」というか、「優しい普通の女の子」ぽく育ってきた彼女だけど、やっぱり自分たち兄妹が負わされた宿命を自覚して、ある種の「覚悟」を持ってこれまでも生きてこなくちゃならなかったんだろう。

好むと好まざると、強くなるしかなかった。

暴徒の襲撃のさなか、育ての親テアボロさんが息を引き取ってしまう。「すばらしいお父さんでした…本当に、ほんとうに…」と言ってくずおれるセイラさん。

ほんと、テアボロさん、いいお父さんで。
ジオン・ダイクンなんかより100倍もいいお父さんだったのに。
エドワウとセイラ、二人を引き取ったりしなければ地上で安穏と暮らせていたろうに、ひどい目に遭っても二人の身を案じ、とりわけセイラさんのことを愛して、最後まで「わしのセイラは!?」とその姿を追い求めていた。

これまでの記事にも書いたけど、ジオン・ダイクンといいジンバ・ラルといいテム・レイといい、ろくな父親が出てこない中でテアボロさん、ほんとに……。

でも。

地球に残っていてももしかしたら危なかったのかもしれない。
そう、「コロニー落とし」

テレビ本編ではすでに「落ちていた」ので、詳しい経緯は語られていなかったんだけど、「ORIGIN」では「落とされたコロニーの中にいた人々」の話が描かれる。

ジオン軍が最初に攻撃したサイド2・ハッテの首都バンチ、「アイランド・イフィッシュ」。そこの住民は毒ガスによって皆殺しにされる。

生きながら大気圏突入→地球に衝突させられるのも嫌だけど、でも「コロニーを超巨大兵器として使う」ために、問答無用で中の住民殺さなくても……。

マンガで読んだ時も「うわ…」って思ったけど、シェルターに避難すれば大丈夫だと思っていたコロニー内の人たち、「こんなことが終わったら地球に一緒に行こう」と誓い合う恋人たちがアニメで動いて、そしてその動きが「死」によって止まるのを見せられると。

ううあぁ。

こたえる。

すごくこたえる。

折しも北朝鮮からミサイルが飛んできてたりするわけで、なんだかよくわからないままに戦争に巻き込まれ、反撃も脱出もできないまま――状況がよくわからないまま皆殺しにされる市民の姿、「明日は我が身」っていうか。

ギレンめ、って思う。

コロニーを落としてジャブローを壊滅させればそれで戦争は終わる。コロニーの中の人々も、地上で死ぬ人々も、戦争を早く終わらせるための尊い犠牲。

というのがギレンの表向きの「理屈」だけども、ジャブローは潰れず、地球人口のおよそ半分までもが無駄に命を落としただけ。

「戦争はしかし、始まったばかりだった」

うおぉぉぉぉぉ。

抑止力とか、「これだけ犠牲を出せば向こうも停戦に応じるだろう」とか、「そんなん全然ウソやで」っていう現実(いや、アニメだけど)。

「一人のミネバでさえこんなに可愛いのに俺は何億人ものミネバを殺した」と泣くドズル兄ちゃんも、途中で「あいつらが弱かったからいけないんだ!」と理屈をねじ曲げちゃう。そういうふうに自分を納得させるしかないんだろうけど、でもドズル兄ちゃん、そこで納得しちゃったらいけないんだよ……。

計画立案者のギレンは何億人殺してもまったく良心の呵責なんか覚えないし、ジオンの兵士たちも世界人口の半分殺しちゃった以上は「負けたら戦犯として裁かれちまう」つってがんばって戦うしかない。

戦争ってなぁ。

ほんと、戦争ってなぁ……。

「戦場の兵士たち」だけじゃなく、便乗してセイラさんたちのところに襲撃に来るならず者たちもたいがいで。
「このパークの人間はみなジオンの味方だから殺す」と言って街に火をかけ好き放題。

「だって戦争なんだから」という大義名分があれば、人は容易く他者を排斥し、攻撃する――。


で。

今回、印象が薄かった――というか、「ヤな奴だな」という印象しか残らなかったシャア。

最後にぎゅおおおおん!と「3倍速」で戦場へ赴いて「これで歴史が変わる。神よ、ひざまずけ!」とか言ってるんですが(記憶力の減衰著しいのでセリフ間違ってたらごめんなさい)、なんか、「なんでこんな人、昔は格好いいと思ってたんだろ」感が(笑)。

黒い三連星にイヤミ言うところも、最後の「神よ!」も、「なんなん、シャアって中二病?」って感じで。

『Zガンダム』と『逆襲のシャア』ですでにシャアへの幻想は消えちゃってることもあり、「もうこれ以上この人のこと知らない方がいいかも」と思ってしまいます(^^;)

まぁノーマルスーツでモビルスーツ乗って、メカニックに「パイロットの安全性が云々」と言われても「そういうロックははずしてくれ」つって「3倍速」でぎゅおおおおおおん!と加速に耐えるところはさすが「赤い彗星」なんですけど、それで歴史を変えて結局あんたは何がしたかったん、っていう。

「この後どうなるか」を知って見ているだけに、「戦争って」「シャアって」という感慨ばかり募る5作目でした。



さて、毎回歌い手が変わる主題歌、今回は島津亜矢さんが担当してらっしゃいます。
さすがの巧さ!!!
素晴らしい歌唱力。流れるクレジット見ながら聞き惚れてるうちに早くも本編の記憶が薄れてしまっていました(笑)。

島津さん巧いし、相変わらず服部隆之さんの作る曲難しいし。

ルウム編後編『誕生 赤い彗星』は来年5月5日公開。その後、一年戦争編の制作もあるとかないとか噂されてますね。
今の絵&技術で動く「ファーストガンダム」、見たいような、「そこまではもういいです」という気もするような…。