またウールリッチに戻ってきました(笑)。

近所の図書館にない分を県立図書館から取り寄せて読みまくろうプロジェクト。ええ、白亜書房の『傑作短編集』も県立からお取り寄せして読んだのでしたが。

『黒衣の花嫁』はウールリッチの記念すべき長編ミステリ第1作。『幻の女』と並んでもっとも有名な長編作品と言っていいのではないでしょうか。

ああそれなのにそれなのに。

近所の図書館にはもはや置かれてないうえに、県立図書館でも書庫収蔵。開架には並んでいないのですよねぇ。古い作品(刊行は1940年)とはいえ、この稲葉明雄さんによる「改訳決定版」は1983年に出たもの。まぁそれだって30年経ってるけど……チャンドラーの『長いお別れ』なんかは未だに書店で買うことができるのに、なぜにこちらはこの扱い。

残念でしかたがない。

改訳版出版当時、十朱幸代主演で連続ドラマ化されたとかで、Amazonさんに掲載されている表紙は彼女の写真があしらわれたものになっています。私が借りた版はこんな表紙でした↓


小学校高学年か中学1年くらいの時に一度、児童書の棚にあったものを読んでいるのですが(おそらく児童向けミステリ全集のうちの一冊。当時はそんな楽しい全集があったんだぜ)……もちろん細部はまったく覚えていず。

新鮮な気持ちで(笑)ページを繰りました。うん、ウールリッチの文章は読み出すとどんどんページを繰っちゃう。すぐに読み終わっちゃいました。

冒頭、ジュリーという名の女性が友人達の前から姿を消し、自分の持ち物についたイニシャルをことごとく消し去る場面が描かれます。その後、正体のわからない「謎の女」が次々と男を殺していくのですが、読者にはもちろん冒頭の「あの女」だな、と想像がつきます。

殺人の被害者となる男の名を冠した五つの章。一から四までの構成はすべて同じで、「女」「ブリス(男の名前)」「ブリスの検視調書」の三つの部分から成り立っています。

ある意味淡々と繰り返される殺しのリフレイン。でも次第に警察の捜査が「謎の女」の真相に近づいていきます。殺された男達の間には一見何の繋がりもなく、そもそも「不幸な事故」とも考えられる死。現場で目撃される「女」の容姿もその都度違っていて、ウォンガー刑事とその上司が第一の事件と第二の事件を結びつけて考えようとしなかったら、完全犯罪が成立していたかもしれない。

単調に殺しのメロディをくり返しながらしだいにその音は大きく、盛り上がっていき、破滅という名のクライマックスへと突き進んでいく。

なんとなくラヴェルの「ボレロ」を連想させられます。

女が標的の男を殺していくやり方は、あまりに都合が良すぎという感じはするのですが。「女がすごい美人」というところにかなり依存してるし。

うん、もしブスだったら男が気を許してくんないもんなー。絵のモデルにも採用してくんないだろう。

その時々に髪の色や雰囲気を変え、もっとも標的に近づきやすい“女”に扮して殺人を成し遂げていく女。それは復讐で、彼女は結婚式当日に夫を殺されたのでした。だから「黒衣の花嫁」。必ずしも常に黒をまとっているわけではないけど、純白のウエディングドレスを一瞬にして喪服に変えなければならなかった彼女には実にふさわしい呼び名。

標的5人のうち着実に4人まで殺した彼女。でも実は……。

彼女の心情を考えると「うわぁ、ひどい」というオチであり、でも「勝手に突っ走ったあんたがバカ」でもあり、「本当に殺さなきゃならない相手があんなに近くにいたのに」という部分は「そんな都合よく」と思う。

最後に「追憶」として語られる結婚式当日の――つまりは最愛の夫を亡くした直後の彼女の行動は、なるほど「ウールリッチの描く女性はみんなどこかおかしい」って言われるわけだよなぁ、と思っちゃいます。

あまりのショックに涙が出ないとか、そういうのはわかるけど、「人の死」って、特に大事な人の死って、受け入れるのに時間がかかるものだと思うから、そんなすぐに「じゃあ復讐!」ってなるのかな、と。

もちろん、人の心は複雑で、そんなにステレオタイプに決まった反応をするとは限らない。もしも同じ目に遭ったら、私もいきなり復讐に燃えるのかもしれない。

何が「リアリティ」なのか、簡単には言えない。



裏表紙には「<一種異様な寂しさをもつ>と称されるサスペンスの巨匠コーネル・ウールリッチ」と書いてあります。

寂しさに「異様」って形容詞がつくの、なかなかないですよね。

どこか狂気に似たせつなさ。



引き続き、『喪服のランデヴー』を読みたいと思います。