ウールリッチの傑作短編集第3巻です。(1巻の感想はこちら。2巻の感想はこちら

3巻目も楽しかったです。特に表題作『シンデレラとギャング』には思わずほろり。

ウールリッチの長編第一作『黒衣の花嫁』が1940年末の刊行、この第3巻にはその直前1939年から40年に発表された中短編6編と1920年代のロマンス短編1編が収録されています。つまり脂ののりきった時期の作品集というわけ。

では一つずつ見てまいりましょう。

【黒い爪痕】

長編小説『黒いアリバイ』の雛形となった作品だそうです。舞台や犯人が変わっているらしいので、どちらかを先に読んでいたとしても完全なネタバレにはならないもよう。たとえオチがわかっていてもそこへたどり着くまでのサスペンスで魅せるのがウールリッチですから、問題はないと思います。

ある理由から都会へ放たれてしまった豹。その豹の仕業と思われる殺人事件が連続して起こり、当局は必死になって豹を探すものの見つけることができない。しかし刑事ダンバーは「これは豹の仕業なんかじゃない。人間が殺しているんだ!」という確信のもとに罠を仕掛け……。

サスペンス感はあるけどあまり好みじゃなかった(^^;) 最初に殺される女の子が完全にとばっちりで、とばっちりなのにあんなひどい死に方をして……可哀想すぎました。

【ガラスの目玉】

2巻に収録されていた『目覚める前に死なば』と同じタイプの作品。刑事を父に持つ12歳の少年が父のために何か難事件を解決しようと、たまたま手に入れた「ガラスの目玉(義眼)」を手がかりに捜査を始め、本当に殺人事件にたどり着いてしまう。

少年の頭の良さと勇気が楽しく、「そんな危ないことして大丈夫なの!?」とハラハラドキドキもたっぷり。

実際大丈夫じゃないので最後には「父親が刑事」が効いてきます。

うん、「刑事の息子だから推理力が長けている」という理由付けの他に、最後に救ってくれるためにも「刑事の息子」でないといかんのだろーなー。

父親を誇りに思い、父親のために危ないことに首を突っこむ少年。1巻の『死体を運ぶ若者』同様、「父と息子」の関係にはウールリッチ本人の父への思いが反映されているのでしょうか。

【アリスが消えた】

ウールリッチお得意の「消失」モノ。深夜に判事の家で結婚の宣誓を終えたばかりの新婚ほやほやカップル、ジミーとアリス。

レイクシティで宿を探すものの生憎その夜はどこも満杯、仕方なく「普段は使われていない狭い部屋」にアリス一人を泊めさせ、ジミーはYMCAへ。

翌朝ジミーがホテルへアリスを迎えに行くとアリスはどこにもいないばかりか、「その部屋は使われておりません」「そんなお客様を泊めた覚えはございません」「あなた様にお会いするのも初めてです」と言われ。

アリスはどこへ消えてしまったんだ、うぉーーーーーー!

騒ぐジミーの方が「変質者」扱いされるのもお約束で、たった一人ジミーの言うことを信じて――アリスという女性の存在を信じて――協力してくれる刑事がいるのもお約束。

真相を知ると「アリス、おまえが悪い」と言いたくなります(笑)。いや、アリスは被害者なんだけど、彼女が嘘をついていなければジミーはあんなに困らなくて済んだのに、と。

【送っていくよ、キャスリーン】

これも変則消失モノです。ムショ帰りの若者バークはかつての恋人キャスリーンに一目会いたくて町に戻り、彼女をダンスホールから家まで送っていく。しかし近道しようと入った森の中でキャスリーンは忽然と姿を消してしまい、パニック状態でホールに戻ると「何言ってるんだ、キャスリーンをどうにかしたのはおまえだろ」と逆に疑われてしまう。

何しろバークは前科者。刑務所から出てきたばかりなのです。キャスリーンの死体が見つかると町の若者達はバークの仕業と決めつけリンチに及ぼうとします。バークの保護監察担当刑事ベイリーは彼の無実を信じて調べを進め……。

「恋人が消える」→「自分が疑われる」→「ただ一人無実を信じてくれる刑事が真相を明らかにしてくれる」

うん、お約束。

恋人(今作では元カノだけど)が殺されちゃって手遅れなのが他の消失モノと違うところで、その分エンディングが寂しく、せつないです。

訳者の門野さんが解説に書いてらっしゃる通り、今読むと犯人像に問題があって(ある特定の病気と殺人を結びつけているので)溢れるリリシズムを素直に堪能できないのが残念。

【階下(した)で待ってて】

これも消失モノ。職場へ恋人を迎えに行った主人公、「この封筒を届けなきゃいけないの」と恋人に言われ、デートの前にとあるアパートに寄り道させられます。けれども予想通り恋人はアパートから出て来ません。彼女が用を済ませて出て来るのを玄関のところで待っているのに彼女はちっとも出てこない。業を煮やして封筒の宛先だった4階の部屋に行ってみると「ここにはもう半年も誰も住んでませんよ」と……。

僕の恋人はどこへ消えてしまったんだ、うぉーーーーーー!

さすがに「またかよ」という気分は否めません(笑)。

でも結局ウールリッチが繰り返し執拗に描いたのは「自分が“現実”だと思っているものの脆さ」「人の“存在”の不確かさ」なのでしょう。確かに存在すると思っていたものが、「知らない」「見たこともない」と否定される。そのとたん、ほんの30分前まで一緒にいたはずの誰かが「おまえさんの作りだした妄想だろ」という存在になってしまう。

お話の中では「いやいやそれにはこーゆー裏があってね」となって存在が戻ってくるけど、もしかしたら戻ってこないことだってあるかもしれない。本当に「妄想」なのかもしれない。新婚ほやほやの妻、もうすぐ結婚するはずの恋人、そんなものは一度も存在したことがないのかもしれない。自分の頭がおかしいだけなのかも……。

恋人だけでなく、「自分」だっていないのかもしれない。ある日突然、「おまえなんか知らない」「見たこともない」と周りの人間全部に否定されて「存在を抹消される」かもしれない。

誰も自分を覚えていないとしたら、「自分が存在していた」ということは何によって担保されるのだろう……。

存在の不安。

またかよ、と思いつつ嫌いになれないテーマです。

【シンデレラとギャング】

あかね書房の『少年少女世界推理文学全集』に収録されていたせいで、ある年代のミステリファンには非常に思い出深い作品だそう。


うーん、私ももしかして読んでたかなぁ。ググってこのシリーズの表紙をちらっと見てみると確かに覚えのあるものがいくつかあるんだけど、ウールリッチは読んだかしら……。

ちなみに『アリスが消えた』の方は同じ全集にアイリッシュ名義で入ってたりします。


で、この『シンデレラとギャング』がいいんですよ!

風邪のために家族と一緒に映画に行けず、一人で留守番をしていた16歳の少女。そこへギャングから間違い電話がかかってくる。風邪でハスキーな声になっていたこともあり、相手は彼女を「シカゴ・ローズ」という女ギャングと間違えたまま一方的に話し始め、興味を覚えた少女はテキトーに話を合わせつつ呼び出しに応じてしまう。

邦訳を読んでいると「この話の流れで相手がヤクザだとわからないなんてバカだろ?」って気がするんですが、日常会話で使う単語がことごとくダブルミーニングでヤクザの符丁のようになっているので、少女が「一体この人、何の話をしてるの?」となってしまうのも仕方がないのかもしれません、英語だと。

例えば「アイス」という単語が「ダイヤモンド」を表したり、「カーテン」という言葉が「一巻の終わり(おまえを殺す)」という意味に使われたり、少女にとっては「絶交する」でしかない「ドロップ」がヤクザにとっては「始末する」だったり。

姉のドレスを着、化粧をしてギャングに会いに行ってしまった少女は今さら「自分はシカゴ・ローズじゃない、ただの16歳の女子高校生だ」とは言い出せず、ギャングから「ある男に近づいて“ジングル・クラブ”という店に連れてきてほしい」という依頼を実行する羽目に。

ことここに及んでもまだ「相手はギャングで、自分は“ある男”を殺す片棒を担がされているのだ」ということを少女は理解していなくてですね……。

これまでのウールリッチのサスペンスとは全然違う「ハラハラ感」を味わわされてしまいます。

で、間違い電話をかけてきた側のギャングに「始末」されようとしている男ブレナンがまたいいんですよねぇ。事情を呑み込んだブレナンは少女を「シンデレラ」と呼んで、最後まで彼女を守ろうとしてくれるんですよ。直前に舘さんの出てる番組(「あぶ刑事」じゃなくて今の舘さん出てるやつ)を見てたせいもあって、ブレナンの一挙手一投足が全部舘さんで脳内再生されちゃってヤバい。

周囲を敵に囲まれ絶体絶命の中、一発でコンセントを撃ち抜く射撃の腕といい、少女を守ろうとしてくれるところといい。

格好いいぞ、ブレナン!

この作品、フランスで映画化されたことがあるらしいんですけど、是非ブレナン=舘さんでドラマ化してほしいものです。私16歳に戻って少女やりますから!(やらんでいい)

少女の一夜の冒険と、束の間のブレナンとの心の触れあい。

シンデレラというタイトル通りおとぎ話なんですよねぇ。アクションとせつなさの詰まったおとぎ話。怖いけどちょっと憧れちゃう冒険。

憎いなぁ、ウールリッチ。

【ドラッグストア・カウボーイ】

最後は20年代に書かれたロマンス短編。本邦初訳。これもおとぎ話だなぁ。



引き続き4巻以降もお取り寄せして読んでみようと思います♪