ウールリッチ傑作短編集の続きが届くのを待つ間にクイーンを一つ。

昨秋紹介した『クイーン警視自身の事件』の続編です。

『クイーン警視自身の事件』の記事でも触れたように、退職したエラリーの父、リチャード・クイーン警視が再婚を決めた相手ジェシイが出て来るのは、『クイーン警視自身の事件』とこの『真鍮の家』の2作だけ。しかも2つの作品の間には12年もの月日が横たわっています。

『クイーン警視自身の事件』は1956年の作。そして『真鍮の家』の刊行は1968年。

もちろん作品の中では「地続き」で、出会ってほどなくして二人は結婚したのでしょうが、読者にとっては「12年経ってやっと結婚して新婚旅行行ったのか」という。

良かったねぇ、警視、ジェシイ。

で、ラブラブな二人がハネムーンから帰ってくると、ジェシイ宛てに奇妙な招待状が届いていました。百ドル紙幣1枚、そして半分に切られた千ドル紙幣。「あなたにとって大きな利益をもたらすことになる。ぜひ私の屋敷ハウス・オブ・ブラスに来てほしい」

なんだこの怪しい詐欺みたいな手紙は?と思いつつ二人でハウス・オブ・ブラスに行ってみるとそこは文字通り「真鍮の家」。ドアからほうきに至るまで、あちこちに真鍮が張られた奇妙な屋敷には、盲目の老人ヘンドリック・ブラスが従者のヒューゴーとともに住んでいた。そしてジェシイと同じ文面の招待状を受け取った人間が他に5組、集まっていた。

ブラス老人は集まった6組の訪問者達に「私の600万ドルの遺産を君たちに譲る」と言い出して……。

殺人は起こりますが、その犯人は誰か?というより「600万ドルの遺産は本当にあるのか!?」の方にスポットが当たっている感じ。

一体ブラス老人はどういうつもりでその6組を集めたのか? 互いに見ず知らずの6組、もちろんブラス老人のことも知らず、なぜ遺産の相続人に選ばれたかがわからない。それに、元は大きな宝石店を営んでいたらしいブラス老人、真鍮だらけの屋敷は借金の抵当に入り、とても600万ドルもの財産を持っているようには思われない。

章題が「なにが?」「どこで?」「なぜか?」「なんだって!」などとなっているのもとても面白い。クイーンはよく章題で遊びますよね。

『クイーン警視自身の事件』でも活躍した退職刑事達「老年探偵団」を使ってブラス老人の過去を調べ、集められた相続人達の素性を調べ、クイーン警視はあれこれと推理を働かせます。けれどもそれがなかなか的を得ない。

特に「遺産の在りか」に関する警視の推理がことごとくはずれてしまって……。もう気の毒で仕方がない。ジェシイもずっと気を揉んでいます。もう諦めて撤退すればいいのに、と思うのですが警視にも意地がある……というより、職業柄事件の結末を見ないことには気が収まらないのですね。諦めて自宅に帰ったとしても、「結局遺産はあったのか」「殺人犯は誰だったのか」気になって仕方がないに決まってるんですから。

しかし。

警視の奮闘努力もむなしく、謎は解明されない。警視もかなりいい線まで行くのだけど、警視が示した殺人犯にはアリバイがあったことが判明し、すっかりわや。

失意のうちに自宅へ帰り着くとそこには外国旅行から戻ってきたエラリーの姿が。

ここで喜んじゃう警視がちょっと不思議というか、私だったらたとえ有能な息子であっても最後の最後に全部エラリーに持ってかれるのは癪に障るけどなぁ(笑)。

全部で300ページほどあるお話の、最後20ページくらいでエラリーがあっさり真犯人を名指ししちゃうんですから。

警視あんなに頑張ったのにー。ひどいよ、クイーン!

それですべてが終りを告げるはずなのだが、エラリイはさすがにエラリイで、そうはいかなかった。 (P290)

というコメントがおかしい。

エラリイと警視との

「お父さん、なぜあの女(ひと)とずっと前に結婚しなかったんです?」
「ずっと前には彼女を知らなかったからだ。早く知り合えばよかった」
 (P284)

って会話もいい。知り合ってからも12年もほったらかされてたんだしね(笑)。

600万ドルの遺産を鼻先にぶら下げられ、その実在が疑わしくなった後も「もしかしたら」と探し続けずにはいられない相続人達。

ミステリというよりはヒューマン・コメディのような味わいの一品です。