近所の図書館で借りてきたウールリッチ作品2作目。

生誕100年を記念して白亜書房から出版された短編集の第2巻。全6巻なのですが、なぜか近所の図書館にはこの2冊目しかないんですよね。そして2002年刊と比較的新しい本なのにもう書庫の中。開架に生き残るのはアイドル並みに難しいようで……。

この2冊目には1937年から1939年に書かれた短編7篇と、文壇デビュー直後の1927年に書かれたロマンス短編1篇が収録されています。

「この時期は秀作が目白押し」との訳者解説にある通り、どれも面白かったです。一つ一つが短いので隙間時間にちょっと手に取るのにぴったりですし、すべて新訳なので日本語も大変読みやすい。

一つずつ紹介していくとしましょう。

【目覚める前に死なば】

タイトルだけ見るとなんかすごいハードボイルドなものを想像してしまうんですけど、主人公は子ども。最初は9歳で、その後12歳になる男の子トミーが主人公。

9歳の時、クラスの女の子が行方不明になる事件が発生します。トミーは彼女が最後に一緒にいた怪しい男を見ているのですが、何しろ9歳ですし「あの人のことは内緒よ」というふうに言われていたので「約束を守って」黙っていました。

けれどもそんな事件があったことも忘れかけていた3年後、再びクラスの女の子がまったく同じ状況で行方不明に。

さすがに今度は黙っていられなくてトミーは周囲に訴えようとするのですが結局誰にも聞いてもらえず、トミーは一人で女の子の行方を追い、凶悪犯と対峙することに……。

って、よく考えたらめっちゃハードボイルドやん! たった12歳の男の子が知恵と勇気を働かせて女の子の居所をつきとめ、助けようとするなんて。

犯人は連続幼女誘拐殺人犯で、トミーは9歳の時に刑事の父親が「逃げた精神異常者(ルナティック)」って言うのを聞いているんですが、それを助けた女の子に伝える時に「あいつは逃げたキャデラックが何かなんだ」って言うのが可愛い。

「それだと、どんなことをするの?」と女の子に訊かれて

ぼくにもよくわからなかった。ただずっとあとになって森のなかで古い新聞紙の下から見つかるということしか知らなかった。でも女の子にそんなことは話せない。 (P34)

って思うのも可愛いし格好いい。決して腕っぷしが強いわけでも怖い物知らずでもない、ひと気のない暗い森に入っていくことを十分に怖がっているけど、それでも「女の子にそんなことは話せない」って思ってる、いっちょまえの男。

ちなみに「目覚める前に死なば」というのは絶体絶命のピンチの時に女の子がつぶやく祈りの言葉でした。

【騒がしい幽霊】

町一番の金持ちがわざわざフランスから運んできた「お城」。幽霊が出る、助けてくれ!とその金持ちに泣きつかれた警官マックは不承不承城に行ってみることに。果たして幽霊の正体は……。

サスペンスの詩人と謳われるウールリッチ、長編ではきりきりと心理的に追い詰められるお話が多いですが、この作品はコミカルで楽しいです。

【ワルツ】

とても短い作品。十日前に知り合ったばかりの男と駆け落ちしようとしているお嬢さんの独白で話が進みます。読者に「もしや…」とドキドキさせながら最後には「え?」という結末。

独白だけの状況説明、「どういうことだったの?」と思わせる最後、うん、こーゆーの好きです。

【晩餐後の物語】

一読、「あれ?この話知ってる?」と思った通り色々なアンソロジーに収録され、ラジオやテレビで繰り返し放送されている有名な短編だそうです。

完全にこの通りじゃないけど、プロットとしては同じ、みたいなドラマを見たこともあるような。

とある事故の際、死んで発見された青年。警察は「事故でパニックになっての自殺」と断定するが、納得の行かない父親は同じ事故に遭遇した関係者を晩餐に招待し、真犯人に復讐しようとする……。

これってウールリッチだったのかぁ、と思いました。

【踊り子探偵】

表題作。原題は「Dime a Dance」。「一回のダンスにつき10セント」という意味でしょうか。10セントでダンスの相手をする踊り子ジンジャーが主人公。「ダンス」と言っても舞踏会やパーティではなく夜のお店で、いわゆる「フーゾク」系のお仕事です。10セントまるまる踊り子に入るわけではもちろんないし、ちょっとでもサボると店のマネージャーに怒鳴られるし、たとえいけすかない男でも相手がチケットを持っていれば踊らなければならず、時によっては外にまで付き合わされる。

ある日ジンジャーの同僚で「たった一人の友だち」だったジュリーが何者かに殺されます。手口から、犯人はこれまでにも何人か踊り子を殺している「連続殺人犯」と思われ、ジンジャーはジュリーが最後に踊っていた相手のことを思い出して「きっとあの男だ!」と思います。

しばらく刑事のニックがジンジャーの店に張り込みに来ますが、警察が諦めてパトロールをやめた頃、ジンジャーの前に「あの男」が!

店から連れ出されるジンジャー。男が犯人だとジンジャーにはわかっているのに、誰も助けてくれない。マネージャーに話しても「この客と出かけたくないばかりにでたらめを言っていると思われるだけ」、叫んで助けを求めても、男は取り押さえられる前にさっさと逃げてしまうだろう。

なんとかニックに知らせないと!

勇敢だし、涙ぐましいヒロイン・ジンジャー。

あたしみたいに夜の生活をしてみれば、道を行く歩行者がどれほど冷淡か、身にしみてわかるはずだ。みんな本当に無関心で、他人を助けるために手を貸してなどくれない。制服警官だってあまり期待できない。 (P138)

男のアジトへと連れていかれながらジンジャーがこんな風に思ってるのがせつない。普通の女の子でさえそうそう助けてもらえないものでしょうが、「踊り子とその客」ということがわかれば世間はいっそう冷淡になるに違いない……。

刑事ニックとジンジャーとの間に流れるロマンスぽい雰囲気(でも決して表立ってそういうふうには書かれていない)が良いです。

【黒い戦慄】

これも女性が主人公。今度はバンドの女性ボーカル。ある朝目覚めるとバンドメンバーの一人が殺されていた。弟が容疑者として疑われたせいで、主人公は「探偵役」を務めざるを得なくなる。

実はバンド内では過去にも二度同じような事件が起きていて、その時は「自殺」とされていたんですね。でもどうやらこれは連続殺人犯らしいということで、ルナティックな殺人鬼がよく出て来る短編集です。

その殺人鬼の心をおかしくするきっかけがクラシックの超有名なあの曲!というところと、『踊り子探偵』と同じくヒロインと担当刑事がちょっといい感じになるのが洒落てます。

【妻がいなくなる時】

新婚ほやほや(まだ結婚して6週目)、妻が焼いたビスケットをうっかり「まずい」と言ってしまったがために、主人公夫婦は大変な目に遭います。

ビスケットをまずいと言われ、「実家に帰らせてもらいます!」と飛び出していった妻。ところが妻は実家には戻っておらず、もちろん家にも帰ってこず、忽然と姿を消してしまった。何日かして警察に相談するも、警察は妻を探してくれるどころか主人公を「妻殺し」の容疑者として逮捕しようとする……。

最初の、妻が家出するところの描写が妙にリアルというか「あるある」な感じで楽しいのですよねぇ。「実家に戻る!」と言い出す妻をなだめようとした時、主人公が思い出す「友だちのよけいな忠告」。

「心配ない、すぐに戻ってくる。引き留めたりしたら、一生尻に敷かれることになるぞ」 (P193)

これを言うのが実際に結婚してそんな状況に陥ったことのある友人でなく、「独身の友人」というところがミソ。

独身の男というのは、結婚生活の決まりごとにやたら詳しいのだ! (P193)

そんな友人の忠告に従ったりせず、さっさと「ごめんごめん、悪かったよ」と言っておけばその後の「妻を探して三千里」はなかったし、妻も危険な目に遭わずにすんだのに。

この導入部だけで「掴みはOK」、果たして妻は無事なのか、主人公は間に合うのか?とドキドキしながらページを繰らされます。主人公を逮捕しにきた警察官が「少しの間だけだぞ」と言って話を聞いて味方になってくれるところ、『幻の女』ぽいです。「消えた女性を探して回る」「主人公が犯人と疑われる」というところも同じですね。

【舞踏会の夜】

最後の一篇はサスペンスではなくロマンチックなショートストーリー。いわゆる「逆玉」の話です。上流階級だけが参加できるパーティ、そこに招待券もなしに紛れ込む「クラッシャー」の若者。「社交界」とか「パーティ」とかいうのがピンと来ない日本の庶民には「こういう世界があるのね」とある種「おとぎ話」のように読んでしまいます。



面白かったので他の巻も読んでみたくなりました。県立図書館からお取り寄せしようかな~。