ウールリッチの巻を読んだ時に、ちょっとこの「世界ミステリ全集」について調べたら、収録作家がずいぶん偏っているせいで全体としては評価が低いらしい中、この最後の18巻、「37の短編」だけは見事なアンソロジーとして半ば伝説になっている……というような話に出くわしました。

ウールリッチの短編集が面白かったこともあり、普段あまり読まない「ミステリ短編」をどーんと読んでみるのも一興かと思い、図書館の書庫から出してきてもらいました。

そうしたら。

分厚い!


辞書並みの分厚さです。

編者等による座談会を含め全776ページ。当然文字も小さく、これでもか!のヴォリューム。



返却期限までに読めるのか……とちょっと不安になりました(^^;) 電車内や待ち時間に読むのに持ち歩くには重すぎる本だし。



で。どーんと37篇もてんこ盛りされているこのアンソロジー。最後に収録されている石川喬司さん小鷹信光さん稲葉明雄さんによる座談会で、

「こんどの巻は、この四半世紀というか、二十五年間に書かれた短編の傑作を選ぼうという狙いで、重点を、まずあちらの短編アンソロジーに収録されている作品、とりわけアメリカ探偵作家クラブの短編賞を受賞したもの、これはとくに丹念にチェックして、まだ訳されていないものもいくつか入れました。」 (P755)

と収録作をどのように選んでいったかが説明されています。刊行が1973年なので、「この四半世紀」というのは1950年頃からの四半世紀――おおむね戦後から編纂時まで、ということになります。

作品は原著の発表順に並んでいて、最初はバロウズの『ジャングル探偵ターザン』。これは戦前の作品ですよね、たぶん。ターザンってもちろんあの、「あ~あ~あ~♪」と密林を蔦にぶら下がって飛んで行くターザンなのですが、え、これってミステリなの!?

作品一つ一つに著者の略歴がつき、タイトルとは別に「張込み」「トリック」「密室」などとミステリの種類(?)が付されています。

『ジャングル探偵ターザン』は「追跡」という分類がされていて、ターザンが他の群れの雄にさらわれた雌の猿人を追跡して取り戻すお話です。ターザンって何となく知っているだけで映画やテレビをちゃんと見たこともなく、もちろん原作を読むのは初めて。映画で描かれたターザンと原作のターザンはかなり趣きが異なるらしいですが、とにかく「初めてのターザン」、へぇぇぇぇぇ、という感じでした。

うーん、ミステリなのか?これ(笑)。

他の作品もミステリと言われてパッと想像する「犯人当て」「トリックくずし」とは限らず、実に幅広い作風のものが収められています。まぁ、一人一篇、37人にも及ぶ作家が登場するわけですから、作風が違うのは当たり前。「ミステリって苦手なのよね」という人も、「ミステリにはもう飽きたわ」という人も、「これは!」という一篇に出会えるのでは。

まぁ苦手な人は37篇全部に目を通すの無理かもしれないけど。

苦手じゃなくてもしんどかった(笑)。

印象に残った作品としてはまずフレドリック・ブラウンの『後ろを見るな』。「狂気」と分類されています。短編はネタが命なので「こんな作品です」って紹介するのが難しいんですけど、割とよくある話と思って読んでると最後にいきなり「被害者はこれを読んでいるあなた」になっていて、にやりとさせられます。

アーサー・ウイリアムズの『この手で人を殺してから』。アーサー・ウイリアムズという人はこれしか著作がない人だそうで、巻末座談会によると「作者の正体がいまだにわからず、ほんとうに自分でこういう完全犯罪を犯したんじゃないかという噂があった」といういわくつきの作品。

本物の殺人犯が書いたのかも……と思って読むと楽しさ(怖さ)倍増です。

Q・パトリック『少年の意志』。これも怖い~~~~~! 殺される怖さじゃないんですけどね。物乞いの少年の美しさにほだされてついうっかり施しをしてしまったことをきっかけに、その少年に生活を蝕まれていく主人公。やっと彼を厄介払いできたと思ったら今度は……。殺されるよりもっと恐ろしい、人生そのものが悪夢になっていく恐怖。いやぁ、怖いけど好きですわ。

フランク・R・ストックトン『女か虎か』。分類は「リドル・ストーリイ」ということで、謎解きではなく「謎かけ」で終わる短編。罪人に二つの扉のどちらかを選ばせ、虎の入っている扉を選べば虎に食われて即死刑、女の扉を選べば無罪でその女と即結婚。そういうシステムの中、囚われた恋人に王女はどちらの扉を指し示すのか……。

ってこれ、昔宝塚バウホールで観た『アップル・ツリー』の一篇じゃないですか! 三つのお話からなるオムニバス劇、その中の一つがこの「女か虎か」でした。原作があったのねぇ。私が観たのは真矢みきちゃんの再演版でしたが、そもそも『アップル・ツリー』ってブロードウェイ・ミュージカルで、今度城田優くん演出で上演されるそうです。ほほぉ。その公式サイトに作品についての説明がありましたが、『屋根の上のヴァイオリン弾き』コンビによる有名なミュージカルだったんですね。知らなかった……いや、昔観た時にきっとパンフレットには書いてあったんだろうけど……。

思いがけず再会できて楽しかった。しかしこれは……ミステリなの?

エヴァン・ハンター『歩道に血を流して』。エヴァン・ハンターというのは「八七分署シリーズで有名なエド・マクベインの別名なのだそうです。タイトル通り、敵対するグループに刺されて瀕死寸前、歩道に血を流して倒れている「非行少年」の最後の意識を描いた作品。(分類が「非行少年」になっているのです)

ジェット団とシャーク団みたいな不良グループに分かれて争っている少年たち。死の間際、「俺は俺として殺されたんじゃない、相手はただ、俺のジャンパーを見て“ロイアルズの一人”を刺しただけなんだ。俺は俺として死にたい」と思う少年がせつない。

アル・ジェイムズ『白いカーペットの上のごほうび』。訳者の小鷹さんがけっこう長々と書いてらっしゃる「訳者附記」が興味深いです。お話自体は「すごい!」「面白い!」というものではないんですけど、ちょっとエロチックで場末感があって、小鷹さん言うところの「マイナー作家の小品」の味が印象深いです。作者アル・ジェイムズは生年・経歴不詳、「職業ライターとしても結局陽の目を見ることはなかった」なんて書かれていて、本国アメリカ(だと思う、たぶん)でも忘れられているかもしれない投稿作家の作品がこうして日本のアンソロジーに……、と陽の目を見ないブロガーとして感慨を覚えずにいられません。

ウールリッチの作品も入っています。晩年に書かれた『一滴の血』。証拠のありかが鍵になる作品ですが、それよりも殺人に至る経緯の部分と最後の2行にウールリッチ節を味わいました。

最後の小鷹さん達の座談会でそれぞれベスト5を挙げてらっしゃるんですが、見事に私の好みと一致してなくて面白い。クリスチアナ・ブランドの『ジェミニイ・クリケット事件』は確かになるほどなぁと思ったし、皆さんが推すのはよくわかるけど、でも私がこの37篇の中で一番好きなのはお三方のベスト5にはまったく入らない『少年の意志』です。

この辺の「何を面白いと思うかは人それぞれ」ってところが一番面白いですね。

『ジェミニイ・クリケット事件』は分類が「?」になっていて、もし私が付けるとしたら「因果はめぐる」とか「遺伝」とかかなぁ、と思うんですが、「気狂いの家系」とか今だと作品になりにくい、評価されにくい感じもしますね。

「時代」を感じることもできる37の短編。もちろんもう絶版なので図書館や古書店で入手する他ありませんが、収録作品の半分以上がハヤカワ・ポケットミステリ版で出ています。

『天外消失』他全14篇を収録↓


『51番目の密室』他12篇を収録。『少年の意志』も入っています。↓