国名シリーズ第6作目。

5作目の『エジプト十字架の秘密』を読了してから4か月。間にアシモフのロボットシリーズなどはさみ、エラリーの長編はちょっと久しぶり。

でも短編集『エラリー・クイーンの新冒険』の後すぐに読み始めたので、まるで『新冒険』の後半4作“スポーツシリーズ”の続きのような感じがしました。

事件の舞台は2万人の観客がひしめくコロシアム。開催されるのはロデオショーなので「スポーツ」と言ってしまうとちょっと違う気もするけれど、往年の西部劇スター、バック・ホーンの復活の舞台、その養女で自身も映画スターとして活躍するキット・ホーンも客席に陣取り、場内はヤンキースとジャイアンツのワールドシリーズに負けるとも劣らない盛り上がり。

伝説の英雄を見たいとジューナにせがまれたクイーン父子も観客として見守る中、ショー開始早々バック・ホーンは落馬して死んでしまう。その体には一発の銃弾が撃ち込まれていた。

そう、ただの落馬事故ではない。これは殺人事件だ――!

というわけでいきなりエラリー父子の出番となり、アリーナでショーを繰り広げようとしていたロデオ一座、そして2万人の観客は一転して容疑者に。凶器が銃なのは自明なので、ともかくも観客全員の身体検査が行われるわけですが……。

2万人の身体検査。いくらニューヨーク市警に警察官がいっぱいいても、ちょっとうんざりしますよねぇ。ロデオショーは夜に行われていたので夜中の2時とか3時まで客は足止めされたみたいで、みんなどうやって家に帰ったんだろうと、ちょっとライブが長引くと終電がなくなる滋賀県民は大いに心配してしまうのですが。

もちろんニューヨックっ子も「早く帰せ」と騒ぎ出します。

「警視、上で大騒ぎが持ち上がっています。引き止めようと全力でがんばっていますが、観客が帰りたがっているんです!」
「わたしだって帰りたい」
 (P168)

わはは。

クイーン警視、素直だわ。でも帰れないし、身体検査なしに客を帰らせるわけにもいかない。

警視や警察官の頑張りと客の忍耐にもかかわらず、凶器は発見されない。ロデオショーに登場するカウボーイ達はみんな銃を持っていたのだけど、それらは大きなリボルバーで、バック・ホーンの命を奪った25口径オートマチック用の銃弾を撃つことはできない。

アメリカだから客の中にはオートマチック拳銃を持っていた者もいて、エラリーは市警の弾道学の専門家に鑑定を頼みます。そう、線条痕検査です。推理物ではおなじみですが、市警の専門家さんがしっかり説明してくれるので「あー、なるほどそういうことなのか」と納得できます。顕微鏡を使っての鑑定の様子も興味深い。

これまで『フランス白粉』とか『オランダ靴』とかちょっとこじつけというか、「フランスの白粉」というわけでも「オランダの靴」でもなかったことを思うと、今回の「アメリカ銃」はかなり納得の行くタイトルだと感じます。……いや、「アメリカ=銃社会」っていうのは偏見かなぁ。銃が規制されていない国は他にもあるんだろうし、この作品が書かれた当時(1933年)なら日本人だってけっこう銃持ってたかも。

むしろロデオやハリウッドのスター、西部劇といった要素の方が「アメリカ」かも。

で、その線条痕検査の結果、客その他から押収したオートマチック拳銃はすべて「白」ということになり、捜査は手詰まり。大ぶりのリボルバーと見せかけて25口径の弾が撃てるようにしてあるとか!?と思ったものの、少なくともコロシアムで見つかった銃にそんな細工がしてあるものはなかったようで。

「じゃあ仕込み杖!?」という案はエラリーの頭には浮かばなかったのか、そういう検証はなかったです(笑)。

バック・ホーンがホテルで謎の男と会っていたとか、所持していたはずの三千ドルが見つからないとか細々した情報は出てくるものの、凶器は見つからず犯人に結びつく手がかりもない。

が。

事件直後にエラリー、「わかった」って言ってるんですよね。ちょっと今ページが探せないけど、最後の「解決篇」的なところでも事件の肝心な点は遺体を調べた時にほぼわかっていたと言っている。

わかっていたけどもちろん最後まで教えてくれないエラリー。終盤で重要な証拠物件が出てきても内緒にして、警視にも教えない。いくらこれまでの実績があると言っても一民間人がそこまで
勝手をしてもいいのかと思うよね~。口止めされたヴェリーや警察の人、本来はエラリーよりも警視に従うべきなんじゃ。

エラリーがどこやらへ情報紹介の電報を打ってその返事が返ってきた時も警視には一言も言わず暖炉に放りこんじゃって。

自尊心を傷つけられた警視は、何も尋ねなかった。エラリーのほうも、父が機嫌を損ねたのに気づかなかったはずがないのに、説明しようとしなかった。 (P273)

可哀想な警視……。

もちろん私も警視と同じく最後まで真相わかりませんでした。ははは。

弾道学のお話ともう一つ面白かったのは、捜査にニュース映画の映像が使われたこと。事件の際、ニュース映画のスタッフがロデオショーを撮影していたんですね。だからバック・ホーンが落馬した時何が起きたのか、もう一度映像で確認することができた。

エラリーは最初ニュース映画が「編集されたもの」というのを知らなくて、ちょっと遠回りをします。今ならみんなテレビや映画の映像が「撮影されたうちの一部にすぎない」ことは知っていると思いますが、当時はまだ一般的な知識ではなかったのでしょうね。

今回も飯城氏の解説が充実しているのですが、ジューナのことが取り上げられています。『ローマ帽子』では19歳だったはずのジューナ、今作では16歳に若返っています!

1作目・2作目あたりのまえがきでは「引退してイタリア移住」していたエラリー一家。5作目『エジプト十字架』のあたりからその話は「なかったこと」にされていくらしく、ジューナの年齢も「仕切り直し」されたのだろうと。

そしてこの後は出番が少なくなり、『中途の家』より後の作品にはまったく出てこなくなるのだとか。

ぐわーん、ジューナのファンなのにー! ジューナのいないエラリー家なんて。

でも解説によると、なんとジューナが主役のジュブナイル・ミステリが存在するのだそうです!

実際にはエラリー・クイーンが書いたわけではなく、プロット等を監修しただけのようなのですが、9篇の長編でジューナが活躍しているそう。

日本でも翻訳されたそうなのですが、もちろん現在は絶版。


中古は4,500円もしてますよ、奥さん!!!(巻によって値段に違いがあるのでもっとお安いのもあります)

西脇順三郎に石井桃子、村岡花子といった錚々たる面々が訳した早川版『ジュナの冒険』シリーズ。復刻してくれないかなぁ。


【※これまでの国名シリーズ、その他クイーン作品についての感想はこちらから】