はい、国名シリーズ4作目です。さくさく読んじゃってます! やめられない止まらない♪かっぱえびせんのようなエラリー・クイーン。

ここまでの4作のうちではもっとも長く、この角川文庫版で587ページあります。中身も「第一部」「第二部」と二部構成。そして。

全部で34ある章のタイトルの頭文字をつなげると「THE GREEK COFFIN MYSTERY BY ELLERY QUEEN」(ギリシャ棺の秘密byエラリー・クイーン)になるという!

もうこの目次を見ただけでクイーンさん大好きになっちゃいます。前作『オランダ靴の秘密』では章題がすべて「~ATION」で終わる単語になっていたし、凝りますよねぇ~。

時間軸としては前3作よりも前に起きた事件で、エラリーは「大学を卒業したばかり」「まだニューヨーク市警との信頼関係を築けていない」段階。父親であるクイーン警視にも、まだあまりその「推理」の冴えを認めてもらっていません。『フランス白粉の秘密』では「神よ、息子を与えてくれて感謝します」とまで言っちゃってるのにね、警視。

そんな、「まだまだ若造で刑事達にも信頼されていない」エラリーなのですが。

なぜか捜査会議には出席しています(笑)。

お話の終盤ではヴェリー部長刑事を「ぼくの命令で」動かしたりしてる。おいおいおい、一般人が部長刑事に命令できるのか、ニューヨーク市警は。

それはともかく、若き(と言っても前3作でも20代後半と思われるのでせいぜい5年前くらいのお話じゃないかと)エラリーの容姿はこのように描写されております。

その顔は美形の誉れ高く、品のある面長の輪郭と、大きくて澄んだ思慮深い目が印象に残る。(中略)長身で贅肉のない、肩の張った体躯は運動選手に見えなくもない。 (P64)

美形の誉れ高く!

ここ太字で!(笑)

すでに鼻眼鏡を振り回しておりますが、エラリーって、視力どうなんだろう。しょっちゅう「振り回したり」「磨いたり」しているので、メガネなくても見えるのかな?と思ったりするんですが。

35歳くらいのエラリーを描いた『災厄の町』ではメガネに関する描写がなかったような気が。

さて、お話は、美術商ハルキスの葬儀の場面から始まります。葬儀のあと、ハルキス邸で「遺言状がなくなった!」という騒ぎが起きます。誰かが盗んだにせよ邸の外に持ち出せたはずはないのにどこにも見つからない。それはハルキスの死の直前、新しく書き換えられた遺言状で、弁護士の手元にある写しでは用を為さず、それが見つからなければ「遺言はなかった」として法定相続になってしまう。

というわけで、地方検事やクイーン警視まで出張ってきて大仰に捜査開始。まだ刑事達の信用を得ていないにも関わらずちゃっかり捜査会議に出席したエラリーは、

「どうかぼくに対して、この意義深い質問をしてください――葬儀のために屋敷を出ていったけれど……(後略)」 (P71)

「ああ、まさか、信じられない!どうしてこうも、見る目のない人たちがそろったものか……」 (P72)

などともったいぶって遺言状のありかを推理します。(生意気を通り越して嫌みですよね、このエラリー(笑)。でも好き(爆))

それはハルキスの亡骸を収めた棺――すでに墓地に埋葬された棺の中、だったのですが、果たしてその棺を暴いてみると。

出て来たのは遺言状ではなく、もう一つの死体。

事件はただの盗難(紛失?)事件から殺人事件へと変わり、一気に複雑になっていきます。

亡くなったハルキスがギリシャ系の人間で、その「棺」から新たな死体、ということで「ギリシャ棺の秘密」というタイトルなのですね。これまで国名は劇場名だったり病院名だったり「事件が起こる建物」の名前でしたが、ちょっと変わってる。

主な事件現場である「ハルキス邸」を「ギリシャ人の邸」と考えれば「建物」の呼称と考えられなくもないですが。

今回の犯人は非常に頭が良く、エラリーは犯人の残した偽の手がかりにまんまと引っかかって「間違った推理」を披露してしまいます。それも、有名な大富豪ノックス氏が同席とあって、「その前でいいカッコしたい!」という誘惑に抗えず、いつもの「嫌み」とも取れるほどのもったいぶりで得々と「犯人は○○!」って言っちゃう。

エラリーはスポットライトのなかに躍り出る誘惑に抗えなかった。(中略)学窓を巣立って間もない青二才にありがちな、壮大なうぬぼれを持ち合わせたエラリーだということだ。 (P223)

でもその推理はすぐにとある証言によって覆ってしまって。いいカッコ見せるどころか、有名人の前でとんだ赤っ恥。

この日のエラリーは“小賢しく”ふるまっていた。あまりに器用で巧妙だった……。またとないこの機会に――貫禄あるノックスの面前で――いいところを見せようと張り切ったばかりに、おのれのこのざまを見て、顔から火が出る思いをすることになった。 (P250)

まさに、「認めたくないものだな、自分自身の、若さゆえの過ちというものを」です(笑)。

前3作では推理の途中経過をなかなか話そうとせず、警視(及び読者)をイライラさせるエラリーですが、「ちゃんとした確証がつかめるまで犯人を名指さない」ようになったのは、この『ギリシャ棺』での大失敗を教訓にしてのことだったのですね。

「この誓いを破るようなことがあったら頭に一発ぶちこんでくれ」とまで言って「金輪際途中で結論を披露したりしない」と誓ってます。

いいような悪いような(笑)。

最初の推理が失敗に終わり、捜査はふりだし。事件にはイギリスの美術館から盗まれたダビンチの名画が絡んでいるとわかるのだけど、犯人の姿はなかなか明らかにならない。

大胆で頭の良い犯人にさんざん振り回されたエラリーはしかし、最後には逆に犯人を罠にかけ、見事追い詰めることとなります。

もちろんこの巻にも「読者への挑戦状」が挟まれているわけですが、今回もまた、あえなく惨敗を喫してしまいました。

まんまと犯人の「偽の手がかり」に騙されて「あの人かあの人」だと思ってしまった。特に「あの人」は最初から怪しいというかウザくて……。まぁ性別的に「被害者と一緒に居るのを目撃された犯人と思しき人物」とは違っていたけど、あの人が自分で言った「身分」は嘘かもしれないし、ホントだったとしても「悪いことしない」とは限らないわけだから。

うん、真犯人自体、「え!?」という意外な人物だったんだもんね。

いやぁ、もう、ほんままんまと騙されましたわ。真相わかってからもう一度最初に戻って、真犯人がどの場面でどんな言動をしているのか振り返ってしまったほど。

前3作もそうですけど、緻密に論理が組み立てられていて、「挑戦状」までの間に真犯人を特定できるだけの手がかりがすべて描かれているはずなので、真犯人が明かされた時に「検証」したくなるんですよね。

なるほどと唸らされつつ「えーっ、でもぉ」とも言いたくなったり。


名探偵が犯人の偽の手がかりに振り回されるというのが本書の魅力の一つなわけですが、解説ではそれが「後期クイーン的問題」として論じられています。

普通の犯人(という言い方はおかしいですが)も、犯罪を隠すためにトリックを使ったりアリバイを作ったりして捜査の目をくらませるわけですが、名探偵と同じぐらい頭の回る犯人が「推理の先回り」をして偽の手がかりをばらまいた場合、名探偵は果たして真相にたどり着くことができるのか。

犯罪現場を直接目にしたわけでなく、名探偵(及び読者)はあくまでも「手がかり」から犯人にたどり着こうとするわけで……そして作中でその「頭の良い犯人」は「正しい手がかり」をばらまく「作者」と同じ立場にあるわけです。

作中人物である名探偵にとっては、「手がかり」上は作者と真犯人の区別がつかない……。

いや、でもそれは、「作者が最終的には名探偵に“これが真相”だよ」と教えてあげるわけで、名探偵が「区別」するんじゃなくて作者が「こっちを真相とする」と(名探偵の口を借りて)宣言するだけの話なんじゃ……???

「本格ミステリ」はあくまで「論理」だから、作者の思惑がどうこうよりも「論理が破綻していないのなら偽の真相も“真相”たりえる。だから名探偵には真偽の区別ができない」ということなんでしょうか。

この「後期クイーン的問題」は、クイーンさんの後期の作品に繰り返し現れるそうなのですが(だから「後期クイーン的」と名付けられてるわけですが)、名探偵と犯人の丁々発止の推理合戦を描くのなら「偽だとわからないぐらい巧妙な(つまり論理のしっかりした)手がかりが仕込まれる」のはやむを得ないことのように思えます。

だってそんなことを言い始めたら……と思うのは、私がろくに本格ミステリを読んでいないせいかしら(^_^;

Wikipediaによると「後期クイーン的問題」には二つ「問題」があり、“名探偵がしゃしゃり出てくることでかえって事件が起こってしまう”「第二の問題」の方が問題な気はします。

エラリーが「それは棺の中だ!」と自慢げに指摘しなければ「もう一つの死体」は発見されずに終わった可能性が高く、その後犯人がさらに殺人を犯すことはなかったかもしれない。

まぁその場合第一の殺人が不問に付されて犯人はのうのうと過ごすことができちゃうんですけど……うーむ。


ともあれ。

587ページ、堪能いたしました。

次の『エジプト十字架の秘密』、そしてバーナビー・ロス名義で書かれた『Xの悲劇』『Yの悲劇』も本書と同じ1932年に書かれているそうで。

ミステリの傑作を同じ年に4作もものしてしまったクイーンさん。

恐るべし。

(1932年が昭和7年というのも恐ろしいですね。ホームズはさらに前だけど、もうこんな名探偵が闊歩していたんだなぁ)


【※この他の国名シリーズ、その他クイーン作品についての感想はこちらから】