国名シリーズも5冊目まで来ました。

全9作品中の5番目、「国名シリーズの最高傑作」と言われることも多い、名実ともに「国名シリーズの“センター”」(飯城勇三氏による解説のタイトル)となる作品です。

でも。

うーん、私『フランス白粉』とか『ギリシャ棺』の方が好きだな。エラリーがニューヨークの外へ出張しちゃうのでクイーン警視はちょこっとしか出てこないし、お馴染みのヴェリー部長刑事以下ニューヨーク市警の面々も出番がない。

事件は「首なし死体がTの字に磔にされる」という大変猟奇的なもので、しかもそれが連続して起こる。1件目で興味を持ったエラリー、でもその時は何も掴めず、半年後に別の場所で起こった同じ「T字磔」事件から、本格的に捜査することになります。

そして最終的に「T字磔」は4件起こるんですよね。つまり、エラリーが捜査に加わってから後も2人の人間が痛ましい死を遂げるわけです。しかもエラリーは「最後の殺人でやっと真相が」とか言ってて、ラストで犯人は捕まるものの、「これってエラリーの敗北なんじゃ」と思わずには。

何か事件が起きて、名探偵が登場して、事件を解決(あるいは犯人を名指し)する。

国名シリーズの最初の2作はそのパターンで、3作目の『オランダ靴』ではエラリーの目の前で事件が勃発する。

ああ、そうか、オランダ靴でもその後もう一人死んじゃってたなぁ。

4作目『ギリシャ棺』でも「名探偵が出てきた」ことが一つの要因になってる殺人が余分に起きてた。ただ、あれは「目撃者の口封じ」という意味合いもあったから、エラリーのせいとばかりは言えないけど、でもエラリーがさっさと犯人を指摘できていれば防げたかもしれない殺人。

まぁ、名探偵に「事件を防ぐ責任」があるかというと、微妙だけれど。

迷宮入り必至の事件の犯人を捕まえることができただけでもよしとしなきゃならないんだろうなぁ。

ニューヨークの面々は出てこない代わり、エラリーの恩師であるヤードリー教授という人が出て来て、エラリーの良き相棒として活躍します。最後の犯人とのおっかけっこではこのヤードリー教授がエラリーを出し抜いて一番乗りしちゃうのです。

うん、あの最後のおっかけっこはなかなか楽しかった。クイーン警視の威光を笠に着たエラリーがあちこちの警察に電話で指示するあたり、ほんと持つべきものは「警視の父」です(笑)。

「ほんとにご子息なんですか?」と連絡を受けた警視、ニューヨークから文字通り飛んできちゃうし。

そして満足げにエラリーの「種明かし」を聞くんですよね。他の刑事やヤードリー教授が「難しくてわからん」という顔をしている中、

「わたしなんて、父親になってからというもの、しじゅうこういう目に遭わされていますよ」 (P526)

と楽しそうにしてる。

けれども、ヤードリー教授には自我を満たしてくれる父性愛の持ち合わせなどなく、どう大目に見ても楽しそうではなかった。 (P526)

こういう表現、いいですよね。謎解き自体も面白いけど、それ以外の、エラリーと父親の関係性とか、事件の関係者の間での恋愛模様とか、「読み物」としての面白さをちゃんと備えているなぁと思います。

エラリーがパンツいっちょで泳ぐサービスシーン(!?)もありますし(笑)。

教授が借りてる邸にはプールがあって、そこでエラリーが泳ぐというか水遊びするんですけど、教授に「泳ぎがへたくそなのは昔からだったよ」と言われてます。

古代史の教授がなんでエラリーの体育まで面倒見てるのか謎ですが。

あと、ニューヨーク市警の代わりにナッソー郡警察のヴォーン警視とアイシャム地方検事がエラリーと協力して事件の捜査に当たるんですが、ヴォーン警視がたびたび「そんなこと聞きたいんじゃねぇよ!」とエラリーの長広舌にうんざりするのが面白い。

「われわれは貴重な時間を無駄話に費やしている。現実的な情報が得られるかもしれないこの時にね。頼むよ、クイーンくん。茶飲み話じゃないんだ。演説をぶつのはもうじゅうぶんだろう……」 (P273)

いやぁ、正直だ。ほんと、正直(笑)。

『ギリシャ棺』での失敗もあって、エラリーは「なぜそんなことを質問するのか」「誰を怪しいと睨んでいるのか」みたいなことをなかなか明らかにしてくれないので、周りの人間としてはイライラしちゃうわけですよね。「今それ重要なのか!?」って。

そもそも本職の警察の方々にとっては、「いくらニューヨーク市警の警視の息子だからってなんでこんな民間人の若造に現場うろうろされなきゃいけないんだ?」でしょうし。

クイーン警視からナッソー郡警察に「うちの息子そっち行くからよろしくね」と電話してあるらしいんですけど、「警視の息子」って肩書きは「葵のご紋」か何かなのかという。


エラリーが「僕も最後の殺人でやっとわかった」と言ったように、私も最後の「T字磔」で「あれ?これってもしかして」って思いました。

ただ、私のはほぼ「あて推量」でしたけど。

ずっと犯人と擬されていた男は「実は存在しない」んじゃないかとも思ってたしなー。

この5作目にも副題に「ある推理の問題」がつき、「読者への挑戦状」があり、J.J.マック氏による「まえがき」がついていますが、解説によるとこの辺から「イタリア移住黒歴史化計画」(笑)が始まっているそうです。

最初、「まえがき」には、「今はイタリアに引退しているクイーン一家」と書かれていて、エラリーは結婚して子どももいたんですよね。万能執事ジューナにも恋の相手が、などと2冊目には書かれていたような。

1作目は懸賞応募のために書かれた作品でもあり、「名探偵エラリー・クイーン」のシリーズをそんなに長く続けることになるとは思わずに「現在はイタリア在住」設定をつけたんでしょうね。それが大ヒットして何作も書くことになって、しだいに「引退」できなくなってしまった。

戦後に刊行された版では「まえがき」自体カットされているそう。

そんな「黒歴史」が読めるのも、この角川版の楽しみの一つです。

しかし国名シリーズも残りあと4作……。ああ、読むのもったいない(のでしばらく違う本を読む予定です)。


【※これまでの国名シリーズ、その他クイーン作品についての感想はこちらから】