昨年ハヤカワポケットミステリとして日本語訳が出たルパンの正真正銘最後の作品、ルブラン幻の遺作が早くも文庫化されました。

わーい、ぱちぱち!

宝塚歌劇化、ということでちゃんとヅカの帯がかかっております。むふふ。


ルパン好きな宝塚ファンとしては読むしかありません。買うしかありません(笑)。

うん、面白かったです。楽しめた。ルブランの息子さんは「奇巌城のような傑作に及ばないから」という理由で刊行を見送っていたそうで、なるほど確かにルパン黄金期の長編に比べればトリックその他たいしたことはないし、「冒険」としても小粒なのですけど。

最終稿に至る前にルブランさんが亡くなってしまったということなので、まだこれ、作品としては「未完成」なのですよね。「骨格」は最後まで出来上がっているけど、「肉付け」がきっちり終わってないから、文章もあっさりめだったり、事件のふくらみが足りなかったり。

この作品が刊行されるまで「最後の作品」とされていた『ルパン最後の事件』も実はあんまり面白くなかったんだけど、あっちよりもむしろこっちの方が楽しい感じ。

うん、なんか、「明智小五郎と少年探偵団」みたいだし。

フランスで刊行された時に「教育者としてのルパンの一面が」と紹介されていたんですけど、今作でルパンは場末の貧しい子ども達を集めて「寺子屋」みたいなことをしています。体操や水泳で体を鍛えさせたり、知識や「生きる上で何が大事か」を教えたりしてる。

父親や母親がわれを忘れて叩くようなことがあったら、断固抵抗して、手あたりしだい誰かに訴え出よう。子供を幸せにする責任がある者たちの過ちで、子供が不幸になってはならないのだ。 (P81)

子ども達に向かってこんなことを言って、「もし誰も訴えを聞いてくれなかったら私のところに来なさい」って続ける。「わたしはきみたちを助け、守り、愛する者なのだ」と。

どの作品だったか忘れたけど、前にもルパンは「私は女と子どもの味方だ!」みたいなこと言ってたと思う。まぁ「女の(特に美女の)味方」なのは周知の事実として(笑)、ルパンがただの泥棒でなく「子ども達の味方」っていうのはいいよね。それでなくちゃ帯に「永遠のヒーロー」とは書いてもらえないよ。

ルパンは子ども達を実地に教育するだけでなく、「今は成人や女性のための学校を作っていて、いずれ職業訓練部門も広げるつもりです」とも言っている。

「でもそれは、国の仕事では?」
「国は何もしません。だからわたしが、この手で実現しようとしているのです」
 (P96)

盗みの仕事はもう、その「教育」の仕事のために金が必要になった時に行うだけのものになってるみたいで。

とはいえ、正しい方法で精神を鍛えあげるには何十年もかかる。そこがフランスの教育の愚かなところさ。鋼のように冷徹で、斧のように切れ味のいい強靱な精神の持ち主を作らねばならないのに、感受性ばかりを養っているのだから。 (P137)

ルブランさんはよほど当時のフランスの教育、子ども達の置かれた境遇に不満を持っていたのでしょうか。「愛国者としてのルパン」はこれまでにもずっと描かれてきたし、第一次世界大戦の後、という時代背景もあるのでしょう。

ルパンの教育を受ける二人の子ども(と言っても18歳ぐらいと思われるけど)ジョゼファンとマリ=テレーズの兄妹はルパンの忠実なしもべとして大活躍。その辺がなんか、「少年探偵団」を彷彿とさせるんです。ルパンよりむしろ、ルブランさんは子ども達を描きたかったのかな、とか。

解説によると『四人の娘と三人の息子』という未完の作品があったそうで、ジョゼファンとマリ=テレーズ兄妹はそちらから引き継いでのキャラクターぽい。

兄妹の父親ラ・クロッシュ親爺は何かというと子どもを鞭で叩きたがる酔っ払いのろくでなしで、「俺には三人の娘と四人の息子がいたと思っていたがいつの間にか四人の娘と三人の息子になってた。まぁ足して七人は変わりないからどっちでもいいや」とか言ってる。

で、正解は「三人の娘と四人の息子」。親爺が最初に思ってたのが合ってるわけです(笑)。

一番上の娘と思われていたジョゼファが実は男の子。ジョゼファン。

え!?

「ろくでなしの父親をいずれ腕力で圧倒できるようになるまで女の子として育ちなさい」って母親が言ったらしいんだけど……『舞子の詩』の夏樹さんかよ!(わかる人にはわかる)。

ついに父親に「俺は男だ!」とカミングアウトしてルパンの手足となって働く彼が何歳なのかはっきりしませんが、よくまぁ15年以上も女の子のふりして暮らしてきたな。(妹の一人が14~15歳だから、少なくともジョゼファンはそれより上)

そういや少年探偵団の小林少年もよく(?)女装してたけど、もしもルブランが死なずにさらに小説を書いていたら「女装して敵中に潜り込むジョゼファンの冒険譚」が読めたのかしら。そもそも『四人の娘と三人の息子』という幻の作品はどんな内容だったんだろう……。

で。

ルパン物ですから、当然ルパンが惚れこむヒロインがいます。

レルヌ大公の娘、コラ。

彼女をめぐる陰謀をルパンが……って、この事件は本当に「彼女をめぐる陰謀」だったのかな? うーん、彼女が誰と結婚するかっていうのが問題ではあったのだろうけど、表に出て来る敵の動機は単なる横恋慕だった感じが……。

レルヌ大公は、お話の最初の方で唐突に自殺してしまいます。「これまでにも何度か自殺しようとしていた」らしいのですが、なんで死ぬのかは今ひとつよくわからない。可愛い娘がいるのに。

その、可愛い娘コラに対する遺書の中で、レルヌ大公はこんなことを書きます。

美徳とは堅苦しい崇拝物だ。その型にはまった後ろむきの規則は、おまえに似合わない。けれども名誉は、人それぞれのものだ。 (P45)

女同士の友情には、何も期待してはいけない。嫉妬され、誤解を受けるだけだろう。 (P46)

なかなか見事なお父さんですね(苦笑)。

このお父さんにしてこの子あり、という感じでコラはなかなか大胆で意志の強い、“人の目なんか気にしないわ”って感じのご令嬢に育っています。

日にちを決めて、定期的に行き来をするなんて、考えただけでもぞっとするわ。誰かと末永くお友達でいたいとも思いませんし。 (P35)

コラも何歳なのか、はっきりしない。もしかしたらどっかに書いてあったかもしれないけど、見つけ出せない。二十歳ぐらいなのかしら……。

大公が亡くなった後、「実はコラは大公の娘ではない」ということが暴露される。

コラの母親は大公と結婚するまえにイギリス国王の近親ハリントン卿の息子と恋仲で、でも周囲の反対でその恋はかなわず、大公と結婚させられてしまった。その時すでに彼女のお腹にはコラがいて、コラを生んですぐに彼女は死んでしまう。

レルヌ大公はすべて承知の上で、コラを実の娘として引き取って育てていたのです。

で、その、亡くなった母親はマリーアントワネットの子孫だったらしくて。

コラはフランス王妃の子孫を母とし、イギリス国王の近親を父として生まれた、非常に高貴な血筋の娘だったわけです。

「大公の娘」ってだけでも十分「ご令嬢」だったのになぁ……。

この事実を知ると、もしかしてレルヌ大公が「生きていても仕方ない」気分になったのは、「可愛い娘」が「実の娘」じゃなかったからか、とも思いますが。彼女の実父である現ハリントン卿から「娘を返せ」と催促が来ていたのかもしれません。彼をこの世に引き留めるたった一つのよすがである「娘」の未来に、自分は邪魔者でしかないと思ったのかも……。

まぁ、彼がルブランによって自殺させられたのは、「この中にルパンがいる!」という衝撃的な遺書をヒロインに残すためだけだったかもしれませんが。

「この中にルパンが!」っていうのも、無茶な遺書ですよねぇ。それ見きわめてから死んでも遅くなかったんじゃないのか、レルヌ大公。

まぁそういう「無茶ぶり」みたいのもルパン物の魅力の一つではあります。

冒頭の、ルパンのご先祖様の話もけっこう無茶なんですよねぇ。ご先祖様を出すっていうの、“最後”ならではのサービスなのかしら。曾祖父たるルパン将軍も、その妻になるモンカルメ夫人もなかなか「たいしたタマ」で、ルパンの剛胆さはこの2人から受け継いでるのね、って感じ。

ちゃんとこのご先祖の話はあとの事件に関係してくるけど、でもちょっと、「余分なエピソード」の気がしなくもない。

あとがきによるとこの「ご先祖時代」の話も別の作品になる予定だったみたいで、ルブランさんが長生きしていたら別作品としてきっちり楽しめたかもしれないし、本作自体に手を入れることで色々なエピソードが詰まった、もっと壮大な作品(たとえば冒頭部がもっと長く“第一部”みたいに描かれるとか)になっていたかもしれない。

そこはちょっと(かなり)残念ですね。

ルパンはコラに対して「あなたの前に愛した女は一人もいません」って言ってて、「おいおい、クラリスや『虎の牙』のラストで結婚したフロランスはどうなったんだ」と思ってしまいます。

この作品の舞台は「1922年」になっていて、Wikipediaのルパン年譜によると『虎の牙』は1919年。『カリオストロの復讐』が1923年の話らしいのですが、ってことはこの『最後の恋』は2作品の間に位置する。フロランスと結婚してまだ3年ぐらいじゃないですか…。

通説ではルパンは1922年には48歳なのだけど、本作でルパンは自分を「40歳」と言っていて、単にサバを読んだだけなのか、それともこのルパンはパラレルワールドのルパンなのか(笑)。

まぁ、シリーズ物だからと言って必ずしも年齢や時系列をぴったりきっちりする必要はないし、なんとなく、ルブランさんはこの作品をジュブナイル向けの「別のルパン」として書いた感じもする。

これまでのルパンのキャラクターはそのままに、児童書(にしては冒頭にルパン将軍が夫人を押し倒したりしてるけど)として、「別冊」的な感じで書いたんじゃないか、と。

ジョゼファン達子ども達の描き方、教育や平和について熱く語るルパンを見ていると、筋書きよりも「次代を担う子ども達へ」っていうメッセージの方が強いように感じます。

もちろん、そんなのは私の勝手な想像でしかないけれど。

ルパンは言う。

平和は可能だ。それは単に言葉だけのものではない。いつかきっと世界中に、平和がいきわたるときが来る。わたしはそのために協力したい。 (P236)

「きみは本当に紳士だ。きみにレアリスム(現実を見る目)が欠けているのは残念だが」と言われても、

「イデアリスム(理想主義)のほうがずっとすばらしいさ」 (P237)

と答える。

第一次世界大戦が終わり、第二次世界大戦が始まる少し前、1936年に書かれたという本作。ルブランさんは72歳。

「子ども達のためのルパン」を書こうと思っても不思議じゃないような気がします。



『最後の恋』の他に、ルパン初登場作品『アルセーヌ・ルパンの逮捕』(初出版)と、ルブランさんのエッセイ、そして、『バーネット探偵社』のものの一つ、『壊れた橋』が併録されています。

『壊れた橋』は英語版の『バーネット探偵社』にのみ存在したお話で、ルブランさんが執筆したフランス語の原文は見つかっていないらしいのですが、もしかして別の人が書いたお話ということはないのかしら??? どうして英語版だけに収録されたのかなぁ。バーネット物として普通にちゃんとできてるし、きっと研究者さんとかの「本物です」というお墨付きがあるんだろうけれど。

第1作と最終作が一緒に読めるってなかなか粋な計らいです。1作目は語りが1人称だし、ずいぶん「ルパン」のイメージが違うよね。ああ、また『虎の牙』や『水晶の栓』が読みたくなってきたわ(笑)。

宝塚歌劇で正塚先生がどんなふうにルパンを料理してくれるのかもすごく楽しみです。宝塚歌劇公式サイト内に特集ページが設けられてますが、人物相関図見るとコラはカーラに、アンドレ・ド・サヴリーはアルベール・ド・サヴリーになっていますね。アンドレは『ベルばら』だからダメなのかな(笑)。

ガニマールの名前があるのも面白い。本作には出てこないのですけどね。


さて、最後はルパンの言葉で締めましょう。

一番大事な武器、何よりも勝る武器、それは冷静でいることだ。何があっても動じないこと。 (P137)

アルセーヌ・ルパン万歳!


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