本
『モンテ・クリスト伯』第3巻/デュマ
※以下ネタバレだらけなので、真っ白な気持ちで読みたい方はご注意ください。
(1巻の感想はこちら。2巻の感想はこちら)
3巻もサクサクと読み終わってしまいました。いや、19世紀のジェットコースターエンターテインメント、すごいです。
2巻の終わりで、かつての恋人メルセデスと仇敵フェルナンの間に生まれた息子アルベールの前に姿を現したエドモン・ダンテス。ファリア神父の宝があったモンテ・クリスト島の名を取って、モンテ・クリスト伯と名乗っている。
金さえあれば、爵位は買えたようです。各地へ自由に通行するためにも、また仇敵達に近づいていくためにも、エドモンはどこかで伯爵の地位を買ったのですね。
で、アルベールとその友人フランツと近づきになり、自分の馬車を貸したり、一緒に死刑を見たり。
エドモン達はローマにいて、謝肉祭を楽しむんですけど、その謝肉祭のオープニングの余興みたいな感じで、広場で死刑が執行されるのです。現代の感覚からするとちょっと信じられない趣向ですが。
広場でギロチンと撲殺刑。
誰かが殺されるのを、わざわざよく見える席を奪い合って見に行く人々。
アルベールとフランツ、若い二人を前にエドモンは言います。
「死はおそらく一つの刑罰ではありましょう。だがそれは贖罪とはちがいますな」 (P14)
「ただあの断頭台の刃が、犯人の後頭骨の付根と僧帽筋の間に滑り落ちるというだけで、つまり、あなたにたいして幾年にもわたる長い心の苦しみを与えた人間に対して、わずか数秒間肉体の苦痛を嘗めさせたということだけで、あなたは社会からじゅうぶんの償いが得られたとお考えになれましょうか?」 (P14-P15)
いやぁ、わかるな、これ。
うちの母などもニュースでひどい事件を見るたび言ってたんだけど。「こんな犯人、一生ひどい目に遭わしたったらええねん。ひと思いに死刑なんて生ぬるいわ」って。
もちろん、このセリフは14年の長きに渡って暗牢に閉じ込められ、父や許嫁を失い、若き船長として活躍するはずだった自分自身の人生を失ったエドモンの、「復讐の誓い」のようなもの。紛うかたなき心情の吐露でありましょう。
そしてそれを、他でもないフェルナンとメルセデスとの息子に対して説くというね。
息子には罪はない? メルセデスが生むのはエドモンの子どもだったはずなのに、そこにエドモンの子ではないメルセデスの子どもがいるというだけで、もう「罪」ではないだろうか?
彼がこの先アルベールに対してどのような仕打ちをするのか、それはまだわからないのだけど。
撲殺と斬首と、二人の死刑が執行されるはずだったのが、エドモンが裏で手を回して斬首刑の方を助けたおかげで、急遽死刑は撲殺の一人になる。
執行直前に二人が一人になると知って、それまで大人しくしていた撲殺刑の男が急に吠え立てる。
「なんで俺だけが!一人ぼっちで死ぬのは嫌だ!」
叫びながら、なんとか逃げようともがくのですね。その甲斐もなく、あっさり捕まって槌で殴り殺されるのですが。
断頭台で斬首より、「槌でこめかみをがつんと殴られ、短刀で喉にとどめの一撃」っていう撲殺刑の方が、えぐいですね……。
で、またエドモンが言うんですよ。
「神から、意思をあらわすために声を与えられている人間が、朋輩が助かったということを聞かされてまず第一に立てる叫びは、いったいなんだというのでしょう?呪詛です。人間に光栄あれ」 (P35)
いや、もう、ホント、デュマさんの人間観察の鋭さには驚かされますわ。まったく人間ってやつはね。
そしてエドモンはこういうことを言ってカラカラと笑うのですよ。あの、明朗で気立てのいい、親孝行で、船の乗組員にも船主にも可愛がられていたあの青年が……。
罪深いですね。
ちょっとした妬みや嫉み、恋心や保身によって彼を罠にかけた者達は、自分達がやったことの「意味」を、その結果がどうなるかを、きっと理解してはいなかったでしょう。自分達が得をすることは考えられても、被害者エドモンがどんな苦しみを嘗めるか、一体エドモンに「何をした」のか、わかろうともしなかった。
他人の人生をめちゃめちゃにするということがどういうことか。
「ひと思いに殺すだけでは復讐したことにならない」と一緒で、ある意味「ひと思いに殺すよりもひどい苦痛を与えた」んだよねぇ。
なぜ人を殺してはいけないか、という問いのひとつの答えは、「決して取り返しがつかないから」だと思うんだけど、たとえばダングラール達がものすごく反省して、ずっと良心の呵責に苦しめられ、再会したエドモンに心の底から謝罪したとしても、エドモンの失われた14年間、「前途ある若者」として生きていけたはずの時間はもう絶対に戻ってこない。
もう一度あの日に戻って、あったはずの人生を生き直すことはできない。
……復讐を果たしたところで、それは同じなのだけれど……。
エドモンは冤罪で入牢したんだけど、冤罪っていうのもまた、本当に罪深いものだよね。後から「無罪判決」出してもらっても、それで少しは名誉が回復したとしても、過ぎた時間はもう戻らないんだから。
で。
死刑を楽しんだ(?)後、アルベールは山賊にさらわれ、フランツのところに「身代金を用意しろ」との手紙が。フランツはエドモンに助けを求め、山賊の頭領と知り合いだったエドモンはあっさりアルベールを助け出すのですが。
これって、最初からエドモンが仕組んだことなのかな???
この一件でアルベールはエドモンを一層信頼し、好意を持つようになり、パリに来ることがあれば是非我が家に、と言い出す。もちろんアルベールの両親フェルナンとメルセデスも、息子の命の恩人をむげに扱うことはできないでしょう。絶好の、「復讐への足がかり」なんだよねぇ。
アルベールが山賊に引っかかったのは、謝肉祭で目をつけたかわいこちゃんが実は山賊の首領の恋人だったからで、偶然のようにも見えるけど、でもあらかじめ彼女に「色目を使ってくれ」と頼むこともできたよね。
フランツが十分にお金を持っていればエドモンに助けを求めることはなかったかもしれない。だけどアルベールとエドモンの財布の状況とか、当然エドモンは把握してただろうし、彼らが自分を頼るであろうことは予想できたというか、ここまでの短い付き合いの間にうまくそう仕向けてきたような。
ローマより前にモンテ・クリスト島でフランツに会ったのが偶然なのかどうなのか、そこはちょっとよくわからないんだけどなぁ。あの島での邂逅で、フランツはエドモンを頼りながらも「どこか怪しい人物」と警戒してもいたから、先にフランツと会っておくことがエドモンにとってプラスなのかマイナスなのか、よくわからない。
ともあれエドモンは、宿敵達が勢揃いしているパリに乗り込む足がかりを得、ローマで別れた3か月後、アルベールの屋敷を訪れる。そしてフェルナンとメルセデスに会い、こればかりは本当に偶然なのか、かつての船主モレル氏の息子マクシミリヤンにも会い。
銀行家として成功したダングラールにも、検事総長に出世したヴィルフォールにもそれぞれ会う。
もちろん、彼らは目の前の人物がエドモンだなんて夢にも思わない。ただメルセデスだけが心乱されて……。
パリでアルベールとその友人達に迎えられた時、エドモンはこんなことを言います。
「わたしを保護してくれないような社会、さらに進んで言えば、わたしを害しようというときでなければわたしのことを考えてくれようともしない社会を、決して保護してやろうと思いません」 (P182)
山賊の首領と知り合いになって、そいつを見逃してやった時、「二度と悪いことはしないと条件をつけたのでしょう?」と訊かれて、「いいえ」と。
そりゃエドモンにすればそうですよね。社会は彼を害しただけで、決して助けてはくれなかった。牢屋で無実だと叫ぶ彼の話に、耳を傾けてもくれないで。
そんな「社会」に、なぜエドモンが配慮しなければならないのか。なぜエドモンの方は、「社会」のためになることをしなければいけないのか。
なんか、すごく深い問題だと思うのですよ、これ。
「社会」と「個人」の関係。一人一人が維持しようと思わなければ、「社会」は存在しない。でも一旦形作られた「社会」で、その「社会」から恩恵を受けられないどころか排除されたり、傷つけられたりした場合に、「個人」はどう振る舞うべきなのか。ジャン・バルジャンのように、過酷な扱いを受けても、それでも「正しく」生きるべきなのか。
そもそも「正しい」ってなんだ、という話もある。
ジャン・バルジャンも、「社会」に対して、と言うより、自分を信じてくれた神父、神父によって感じられた「神」に対して正しくあろう、自分の「良心」に対して正直であろう、としていたんだろう。
「社会を保護してやろうとは思わない」というエドモンは間違っているのか。間違っているというならその理由はどういうものか。
……まぁ、そんなめんどくさいこと考えないでドキドキわくわくしながら読む作品のような気はしますが。
ところで。
ヴィルフォールには娘がいます。エドモンが逮捕された日、エドモンと同じように婚約の宴をしていたヴィルフォール。相手はサン・メラン侯爵の娘で、優しい彼女は「どうか取り調べは寛容にしてあげてね」と言っていたのですが。
娘を残して早世してしまったらしい。
今のヴィルフォールの妻は別人。今の妻との間には男の子が一人。
で、242ページに「サン・メラン侯爵の娘(つまりヴィルフォールの先妻)は21年前におかくれになった」と書いてあるのに、380ページには「先妻とのあいだに生まれた今年わずか18になる娘」って記述が。
計算が合わない。
デュマさん、間違えたんですかね。
ともあれ、エドモンが色々用意周到に調査をしていたこともほのめかされ、続きが気になって気になって仕方ありません。あー、ドキドキ。
(※続刊の感想はこちらから→4巻、5巻、6巻、6巻続き、最終7巻)
0 Comments
コメントを投稿