『明治開化 安吾捕物帖』を読了し、安吾の他の推理モノも読んでみたいな、と購入した『日本探偵小説全集 坂口安吾』。

『風博士』『不連続殺人事件』『アンゴウ』『明治開化 安吾捕物帖』全20編のうち9編、『選挙殺人事件』『心霊殺人事件』が収められています。

全754ページ+付録9ページ。文庫でありながら1,260円もするのですが、それもうなずけるボリューム。電車の中で読むために鞄に忍ばせるには少々重すぎる1冊です(笑)。

江戸川乱歩が絶賛し、『探偵作家クラブ賞』を受賞したという長編『不連続殺人事件』。この創元推理文庫の版だけ、安吾本人が連載時に付した「附記」が読めるということで、すでに『安吾捕物帖』は青空文庫で読んでいたにもかかわらずこの版を購入してみました。

うん、安吾の性格が見えて面白かったです、「附記」。『不連続殺人事件』は「日本小説」という雑誌に連載されたのですが、「犯人を当てた人には懸賞を出します」という賞金のかかった作品でした。しかも賞金は安吾の自腹。

この探偵小説には私が懸賞を出します。犯人を推定した最も優秀な答案に、この小説の解決篇の原稿料を呈上します。(中略)当らなければ、原稿料は差上げませんよ。たいがい、差上げずに、すむでしょう。 (P54)

一般の読者だけでなく江戸川乱歩他文人達にも名指しで挑戦しています。よっぽど自信があったんだねぇ。最終的に4人の方が「正解」で、部分的正解の方にまで賞金が渡されたそうな。完全正解1等の方には1万円。昭和23年というご時世を考えれば大層な金額だったのでは。

私はというと、途中で「あと何ページくらいだろ」と最後のページを確認する際うっかり犯人の名前を見てしまい。

犯人当てには参加できませんでした(笑)。

途中まででも全然わからなかったし、犯人の名前を知った後もいわゆる「トリック」めいた部分はさっぱりでした。探偵の素質ないなー。

何しろ登場人物が多い上にみんな癖がありすぎて誰が犯人でもおかしくないような怪しさ、誰が誰かを区別するのさえ大変。思わずメモ帳に名前を書き出して簡単な関係図を作ってしまったほど。そうやって一回まとめないと、ぱっと読んだだけでは登場人物が頭に入りません。

歌川家という人里離れた資産家の屋敷で次々と起こる殺人事件。当主歌川多門の息子、一馬は作家で、語り手の矢代も作家。矢代の妻京子は多門の元妾、一馬の前妻で女流作家の宇津木秋子は今は三宅というこれまた作家と連れ添い、一馬の腹違いの妹珠緒は奔放な性格で3人の男を手玉に取る。多門には隠し子がいてその加代子という娘は腹違いの兄である一馬に恋していて、一馬もまんざらではない。

加代子の唯一親しい友と言えるのが矢代の妻京子で、矢代夫妻は一馬に頼まれて歌川家を訪れるのだが、そこには一馬の現在の妻あやかの前夫土居光一など招かれざる客も多かった。

捏造された招待状、「どういうことだ、気味が悪い」と思う間もなく第一の殺人が起こって……。

閉鎖的な、「陸の孤島」のようなお屋敷。招待客・家族・使用人合わせて29人のうち、8人の人間が殺されることになる。招かれざる客の一人でもあった探偵巨勢博士が最後に謎を解くんだけど、なんだって犯人はわざわざ彼を招待したのかなぁ。「招かれざる客」が複数必要だった理由は明かされるけど、何も探偵呼ばなくてもいいのにね。警察しかいなかったのなら(もちろん最初の殺人以降警察は大いに捜査もし、警備もしている)まんまと計画をしおおせていただろうに。

まぁ探偵役がいて最後に「解答」を示してくれなければミステリーにならないし「懸賞」も出せないでしょうけれど。

語り手の矢代氏や、誰か他のお客さんが謎を解いてもよかったのに、「素人に解けるような謎ではあかん」のかなぁ。「挑戦状」をたたきつける以上、並々ならぬ力量を持った「探偵」でなければ見破れない、という。

「連載」をリアルタイムで読んでいたら「次は誰が犠牲に?」「あれ、あの人が犯人だと思ってたら殺されちゃったぞ」と毎号続きを楽しみにしたろうな、とは思うんだけど、まとめて読んでいくとなんか、微妙でした。

登場人物達のエログロ的性格が強すぎて、ミステリーの印象が薄い。

明かされた犯人に動機があるのはわかるし、おのおのの事件の経緯もちゃんと説明されて「なるほどね」ではあるけれど、「人は本当にこんなにもバッタバッタと人を殺してしまうものなのか」という。

『安吾捕物帖』の時も「トリックはそれでいいとして、動機は?」と思ったり、「事件を起こすに至った葛藤とかないの?」と思った。あちらは短編だから「え、それだけ?」みたいなところも「味」になって面白かったけど、こちらは長編。

事件のつじつまは合ってるけど何なのこの人達、っていう腑に落ちない感じが。

「犯人当て」の「懸賞小説」なんだし、「物語」というよりはゲームのイメージで書かれているんだろうけれど。

癖のある登場人物のその「癖」に関しては見事に描写されているわけだしなー。

消却法によると、まっさきに犯人でなくなってしまうような完全なアリバイをもつ人物が、実は犯人であるという、そこにトリックがあり、探偵小説の妙味があるのである。然し、従来の探偵小説の多くは、このトリックにムリをして、そこで人間性をゆがめ、不合理な行為や心理をムリヤリにデッチあげて、又、作者も読者も、探偵小説のトリックはそういうものだと鵜呑みにして疑っていないのだ。 (P289~P290)

ひとつ自分で、ケンランたる大殺人事件を展開させ、犯人の推定をフンキュウさせながら、人間的に完全に合理的な探偵小説を書いてみたいと思うようになっていた。 (P290)

と、懸賞当選の選後感想で安吾は言っている。

うーん、まぁ従来の探偵小説が「不合理な行為や心理でムリなトリックを」というのはわからなくもないし、『不連続殺人事件』のいちいちの殺人が「合理的」なのはそうかもしれないけど、そもそも「8人も殺そう」というところで全然不合理な心理という気が……。

この強烈な登場人物達が一堂に会してるだけでもこう、「ムリ」な感じがしてしまうんですけどね。はは。

映画にもなったそうで、なんと一馬役は瑳川哲朗さん。『大江戸捜査網』の井坂十蔵さんですよ! 語り手の矢代役は田村高廣さんだし、内田裕也さんも出てる。

安吾の奥さんである坂口三千代氏の一文が付録についているんだけど、「(映画は)推理の楽しさの時間がない。活字ならば半信半疑のところも映像だとはっきりしてしまう。だから「不連続殺人事件」の映画もそんな感じであった」と書かれています。

うんうん、その感じわかります。

松本清張氏が「文章そのものがトリックになっている」と『不連続殺人事件』を絶賛したそうだけど、安吾の独特の文体が醸し出す雰囲気、それ自体が「ミステリー」を構成する重要な要素だから、映像にするとずいぶん「見えすぎ」てしまうんだろうな。

でもどんな仕上がりなのかちょっと見てみたい、映画。


で、冒頭に載っている『風博士』。ほんの8ページほどの、ショートショートと言っていいような作品なんですが、これ、「探偵小説」なの? とても風変わりな、印象深い作品です。相手が禿頭だからって、鬘をひんむくのに失敗したからって、自分が死んじゃダメだよ……。

『アンゴウ』『安吾捕物帖』については省略。

『選挙殺人事件』には『不連続殺人事件』を見事に解き明かした巨勢博士が再登場。今回もすらすらっと謎を解いてくれます。「首なし死体」ということから私は「入れ替わり殺人」を予想したのですが、見事にはずれました(笑)。

「選挙」をそういうふうに使うか、っていう着想が面白かったです。

『心霊殺人事件』。これは私も犯人の当たりがつきました。相変わらず癖のある登場人物ばかりだけど、「ふむふむなるほど」というトリック。長編よりもこういう短編の方が好みだなぁ。

長編はちょっとくどすぎる(笑)。

『UN-GO 因果論』が下敷きにしているという『復員殺人事件』も読みたいのですが、青空文庫ではずーっと作業中、書籍は絶版状態。途中で掲載雑誌が廃刊になって安吾自身は結末を書くことなく終わり、高木彬光氏が書き継いだのだとか。うーん、その辺も実に興味深い。

読みたいなぁ。

図書館にあるかしらん。