ルパン全集22巻目『特捜班ビクトール』。

「特捜班のビクトールがついにルパンを逮捕した しかし―― アルセーヌ=ルパンを名乗ってしとめられた男の正体は? そしてビクトール刑事とははたして何者なのか? 謎につつまれた国防債権の盗難事件を発端としてくりひろげられる波瀾万丈の推理劇」

って、カバー見返し部(だと思う。図書館の本なので文章部分だけが切り取られて貼られてるんだけど)に書いてある。これ、すんごいネタバレだよね。こんなふうに書いてあったら「つまりビクトールがルパンなわけね」ってバレバレやん(笑)。

しかも「ついにルパンを逮捕した」って、逮捕するの本当に最後なんだよ。本文300ページ中280ページとかその辺。

それが表紙開けたらいきなり「ルパンを逮捕」ってあんた。

まぁもちろんそれがわかっていても楽しめるのがルパン。楽しませてくれるのがルブラン。

ビクトールは、「一筋縄ではいかぬつむじまがりの老刑事で、〈気の向いた〉ときだけ、それも道楽はんぶんで仕事をするというので、そのふうがわりな仕事ぶりや天邪鬼な態度が、なんども新聞紙上で指摘されたものだ」と紹介されて登場する。

そしてふらりと入った映画館で鹿の子色の髪の美人に目を奪われる。

もうこの、「すぐ美人に惹かれて後をつけようとする」ところで「実はルパン」を白状してるようなもんですが(笑)。

とある男が「泥棒!その女をつかまえてくれ!」と叫んだことで、ビクトールは美人の尾行を諦め、泥棒とそれを追いかける男の方に注意を振り向ける。それがビクトールが「国防債盗難事件」に関わるきっかけで――。

この盗難事件自体、二転三転、しかもアリバイ崩しがおフランスというかちょっと赤面な感じで面白いのだけど、そこに見え隠れする例の「鹿の子色の髪の美人」。実は彼女はアルセーヌ=ルパンの愛人らしいということで、ビクトールは変装して彼女に近づいていく。

「絶対ルパンを捕まえてやるぞ!」というビクトール。いやいやいや、ルパンはあんただよね?と思いながらもその絶妙な描写に「やっぱり違うの?」と思わされたり。

変装のうまさも、その態度と言葉で一瞬にして人を支配下に置くその“カリスマ性”も、「あなたこそルパン!」なんだけども。

最後の最後、ついに真相が明らかになるところでは「やっと来たーっ!」というカタルシスが。

「ルパンの愛人」と噂されていた美人さんは見事「本物のルパン」といい感じになるし、最終ページのオチがまたね。おフランスですわ~。

しかし「特捜班」ってなってるけど、ビクトールはどう見ても一人なんだよね。チームでは動いてない。刑事らしからぬビクトールのやり方に協力してくれるラルモナ刑事はいるけど、「班」というイメージではない。

「右京さん一人でも特命係」みたいなもんなのかしら(笑)。

当時のパリの警察機構はたびたび変わったみたいだし、外国の部署・役職名を日本語に置き換えるのはなかなか難しいのでしょうね。



『ジェリコ公爵』に続いてルパンが登場しないルパン全集『赤い数珠』。

お話自体は面白かったけど、やっぱり「ルパン全集」だけにルパンの登場を期待してしまう。「もしかしてこの好色なおっさんがルパン!?」とか思いながら読んでしまったぢゃないか…。途中から「あー、これはもしかして出てこないパターンか」って諦めて純粋に謎解きを楽しみましたが。

この「ルパン全集」にはルパンが出てこない「別巻」が5巻あるから、『ジェリコ公爵』と『赤い数珠』も別巻扱いにすればいいのに。

他社でも「ルパンシリーズ」ということで出版されているようで、日本に紹介された時からこの2作は「ルパン物に含める」という伝統になっているのかもしれない。うーん。それってどうなの。

さて。

狩猟解禁に合わせドルサック伯爵の屋敷に集まった招待客たち。そのうちの一人、美しい人妻クリスチアーヌに伯爵は夢中。もちろん伯爵は既婚者で、客のもてなしは妻であるリュシアンヌが仕切っている。

その夜、川をライトアップするという余興を見物に行った客達が戻ってみると、伯爵の金庫から株券が盗み出され、一人館に残っていたリュシアンヌが殺されていた。手にした数珠は赤い血にまみれて――。

というわけでタイトルが『赤い数珠』。

翌朝駆けつけた予審判事ルースラン氏の捜査方法というのがなかなか変わっていて、彼は自分では捜査はしない。もちろん足跡があったかなかったか、など必要な情報は部下に集めさせるし、まったく推理しないわけではないんだけど、彼は「当事者達に真相を暴かせる」。

しかも痴情事件が好きで、「のんびり釣りができなくなるから昇進なんてごめんこうむる。わしの考える理想的な事件は“握りつぶせる事件”だ」な~んて言っちゃう。

「痴情事件では、尋問は最少限ですむ。ほんのわずか質問するだけで、憎しみ、怒り、復讐など、ありとあらゆる本能や感情のからくりがひとりでに動き出す。あとは耳を貸すだけでいいんだ。(中略)自分で自分の尋問役を買って出て、当人には意外であっても、ひとりでに不明な点があきらかになり、たがいに相手をかばいあい、自分を守るすべも知らん役者なのさ」 (P107)

なるほどねー。

そして今回の事件にも色恋沙汰が絡んでいる。そう、美しい人妻クリスチアーヌに熱を上げている館の当主ドルサック伯爵。彼にはもちろんクリスチアーヌの夫が邪魔だし、自分の妻リュシアンヌだって……。

「まぁ、考えてもみたまえ、この目の前の人たちは、われわれにとって、まったくの赤の他人だ。とつぜん、われわれの前にあらわれでたというのに、こっちは無実かどうか見きわめなくちゃならん。行為の動機を見つけださにゃならんのだ。おまけに、われわれには、この人たちの心理状態も、趣味も、習慣も、過去も、遺伝的な性格も、なにもかもわかりゃしないときた」 (P120)

一目で相手の職業や家族構成などなどを見抜いてしまうホームズならいざ知らず、普通の人間には確かに当事者達の人間関係を把握するだけでも大変だよね。

「さよう、ふつうはべつべつに尋問して、そのあいだのくいちがいを見つけようとする……ところが、わしときたら、たがいに直接ぶつかりあってくれるのが好きなんだよ。みんな考える時間がないだけに、かえって、真相の光を容易にほとばしりだすものさ」 (P121)

もちろんルースラン氏の質問は的確で、うまくみんなを誘導していくわけだけども、結果的に真相を暴くのはクリスチアーヌで、そこに至るまでの当事者たちの嘘、その翻し、秘密の開示、なんとも見事に「勝手に事件が解決していく」。

この作品はルブラン70歳の時のものだそうですが……いやぁ、ルブランさんホントすごいなぁ。手に汗握る冒険物だけでなく、こんな一風変わったミステリまで。

もっとも、美女が鍵なのはルパン物と共通。これはルブランさんの好みというより「フランスだから」なのかしら???

ドルサックがクリスチアーヌにつきまとって、あげくソファに押し倒すシーンなんかもう超セクハラっちゅうかエロ親父のストーカーで、読んでてうぇぇってなっちゃったよ。

あまりのことに困惑してクリスチアーヌが瞬間抵抗をやめてしまったのを見て「ほら、やっぱりおまえにもその気があるんじゃないか!」とかホントに、男ってなんでそう自分に都合良く考えるかな。

しかもルースランまで最後、「あの女はあの男を愛していた」なんて言うんだよ。いくら憎しみと愛が表裏一体の感情だとしたって、それはないんじゃないのぉ。

そこ以外は面白く読めました。章立てが「プロローグ」「夜」「朝」「午後」「エピローグ」と実にシンプルなのもいい。


いよいよルパン全集もあと2冊! ちゃんとルパン出てくるよね?(笑)