子どもの頃、ルパン物の中でも特に好きだった『八点鐘』。

しかし例によって例のごとく、ほとんど覚えていませんでした(^^;)
大時計が8時を打つ、そして8つの冒険…ということしか。

レニーヌ公爵と名乗るアルセーヌ・ルパンと人妻オルタンスを主人公にした連作短編集。短編ならではの粋さが光ります♪

最初のお話「塔のてっぺんで」で、止まっていたはずの古い大時計が8時を打ったのをきっかけに、ルパンはオルタンスにこう申し出ます。

「3か月後の12月5日、あの大時計が8時を打つ瞬間までに、八つめの冒険をはじめて、そして終えることができたなら、ぼくの願いを聞いてください」と。

その「願い」というのは「あなたの唇」なんですけど、もちろんルパンはそれを口に出して言ったりはしません。まなざしだけで伝えなくっちゃ、野暮ってものです。

オルタンスは未亡人ではなく、夫はまだ生きてるんだけど、ちょっと精神に問題があるらしく、病院に入れられている。そして彼女は離婚もできず、物語の冒頭では彼女に心を寄せる男と駆け落ちを計画していたりする。

でもルパンに「あんな男よりぼくと冒険しませんか?」って言われたら、そりゃルパンの方が何百倍も魅力的なわけです。

前作『虎の牙』でめでたくフロランスと結婚したルパン。おまえもう浮気かよ!?と思ってしまいますが、『八点鐘』のルパン=レニーヌ公爵は『虎の牙』よりかなり若いようです。

Wikipediaに年譜が載っていますが、『八点鐘』は『奇巌城』の2年後で『813』の2年前、『虎の牙』からは9年も前のお話ということになっているそうです。36歳、男盛りですね~♪

もともとルパンは意外に盗みを働いてないんですけど、この連作では本当に怪盗ではなく「名探偵ルパン」。

密室殺人や雪の上の足跡のトリックを暴き、謎を解くことによって無実の罪をきせられた人間を助け、引き裂かれそうなカップルを結びつけてあげます。

長編のあのたたみかけるような展開と筆力も素晴らしいのですが、ルブランという人は短編のアイディアも見事です。

8つの冒険、それぞれに面白いですが、今回特に興味深いと思ったのが「ジャン=ルイ事件」。

これ、別に殺人事件でもなんでもなく、「トリック」でもない。むしろトリックを仕掛けるのはルパンの方で、「嘘も方便」という言葉の意味を思い知らされるような。

「たいせつなのは、目的を果たすことです。そのための手段が多少おかしくても、どうってことはありません」 (P246)


縁もゆかりもないカップルの幸せのために1万フランも使って「嘘」をつくんだもの、ルパンって人はホントに。

しかもこの「ジャン=ルイ事件」という短編の締めはこんな台詞。

「ああよかった、もっと笑ってください、オルタンス。笑っていたほうが、涙を流しているよりも、ものごとはよく見えてきます。それに、あなたには、できるだけたくさん笑っていなければいけない理由もあるんですよ」
「どんな理由?」
「だって、そんなに美しい歯を持っているんですから」
 (P246-247)

うぷぷぷ。

こんなルパンに目をつけられたら、女は降参するしかありませぬ。

8つめの冒険を怖れ、レニーヌ公爵の「願い」をかなえることを怖れるオルタンス。でもやっぱりルパンの魅力に抗うなんて無理!

「しかし、もうひとつ、ふたりには別の冒険が残っていた。(中略)そのもうひとつの冒険とは、どんな冒険よりもあまく、はげしく、すばらしい、恋の冒険だった」 (P381)

きゃー、もう、イヤっ、ルブランったら(//∇//)!!!

子どもの頃好きだった理由が改めてわかります。粋でお洒落でロマンチックな冒険譚。やっぱり私はホームズよりルパン!

でもオルタンス、人妻なんですけどぉぉぉ。

「それこそ人生というものです。ものごとをよく観察し、さぐろうとする心があれば、人生は変わります。冒険はどこにでもあります。(中略)したいと思えばいたるところに、感動したり、人のためになるよいことをしたり、しいたげられたものを救ったり、悪をくいとめたりする糸口がころがっているんですよ」 (P54)



さてお次はさらにルパンが若返る『カリオストロ伯爵夫人』。

カリオストロというと『ルパン三世』を思い出す人も多いかと思います。

図書館の書庫に眠るルパン全集、なぜかこの巻だけずいぶん新しい(初版82年で他の巻はほぼ当時のものなのに、これは97年の刷)のも、アニメ「カリオストロの城」に惹かれて借りる人が多く、くたびれるのが早かったからかもしれません。あまりにもボロボロになったので買い替えた、と……(違うかな?)。

しかしアニメの「原作」を期待して手に取った人々には肩すかし。

まぁ「伯爵夫人」と銘打ってあるところで、これが「カリオストロの城」とは別の話、というのはわかりそうなものですが。ルパンだって「三世」じゃないんだしね。

でもクラリスは出てくる。

まだ二十歳くらいのルパンが惚れて結婚を申し込む相手として。

もちろんこの作品のクラリス嬢は「おじさま!」とは言いません(笑)。

若き日のルパン。いえ、まだ彼はラウール=ダンドレジーと名乗る小悪党。「怪盗紳士アルセーヌ=ルパン」にはなっておりません。ダンドレジーは母の姓。ルパンは父の姓。

デティーグ男爵の娘クラリスに恋をして、男爵の屋敷に忍び込んだルパンは、そこで男爵一味が謎の女「カリオストロ伯爵夫人」を私的な裁判にかけ、殺害しようとするところに出くわしてしまう。

その女の美しさに惹かれ、また、若い頃から「盗みはしても殺しはしない、殺人は許せない」というポリシーを持っていたルパン=ラウールは小舟ごと海に沈められようとしていた彼女をひっそり助け出す。

男爵一味とその女、カリオストロ伯爵夫人ことジョゼフィーヌ=バルサモは中世の修道院が隠した財宝を手に入れようと争っていた。

「秘められた財宝」――こんな言葉がルパンの心を躍らせないはずがない。

「俺ならその謎が解ける!」 若くてもルパンはルパン。まだ誰も知らない小悪党でも、その自信と大胆不敵さはもう十分に育っている。

ジョゼフィーヌと愛し合い、時に協力し、時に互いに出し抜きあいながら、三つどもえの「財宝探し」の結末はさて――!

まぁなんというか、若い時から惚れっぽさも変わってません、ルパン。

クラリスのところへ夜這いに行ったその足で、ジョゼフィーヌの美貌にころっとイカれちゃうんだもんなぁ。もう、ホントに男ってやつは(笑)。

わかるんだけどね。

ジョゼフィーヌは美しいだけでなく、謎めいている。100年以上生きてる、なんて話も出てくるし、男爵一味に囚われて罪状を数え上げられ、糾弾されても平気の平左。ルパンと同じく自分の力量に自信を持ち、知力も行動力も執念も、男達に負けてはいない。

ルパンに愛され、彼女もルパンを愛するようになり、けれどそれと「財宝」を手に入れることとは別で、時にルパンを痛めつけ、出し抜くことを厭わない。

恋はしても、決してすべてを委ねたりしない。主導権を譲ったりしない。

魅力的な女なんだよ。悪女だけど、だからこその「煌めき」がある。

「盗賊」としては先輩の彼女と出会ったことで、彼女という「学校」で学んだことで、ラウール=ダンドレジーはアルセーヌ=ルパンへと変貌を遂げていく。

ルパンにとって、ジョゼフィーヌ=バルサモはファム・ファタル(運命の女)だった。

彼女と出会わなければ、「ルパン」は生まれなかったかもしれない。

ある意味似たもの同士の二人は惹かれあって、でも互いの強烈な個性ゆえに愛は愛にとどまらず、憎しみと表裏一体になる。そしてジョゼフィーヌが「殺しを厭わない」ことが、決定的な破局になる。

「殺し」だけは許せないルパン。

罪のない老婆の指が拷問によって潰れているのを見て、ルパンはジョゼフィーヌのやり方に怒りと嫌悪を感じる。

ジョゼフィーヌと袂を分かち、クラリスのもとへ戻ろうとするルパン(なんちゅー勝手な男や!)

しかし本気でルパンを愛してしまっていたジョゼフィーヌはもちろんそんなルパンが許せず、クラリスへ魔の手を伸ばす。ルパンの心はますます離れていく……。

この巻ではルパンが勝利を収めるのだけど、しかしジョゼフィーヌも諦めない。「必ず復讐してやる!」

その言葉通り、ルパンとクラリスとの間に生まれた息子がさらわれ、四半世紀もの時を超え、全集24巻『カリオストロの復讐』へと続いていく。

「そして、それらのかがやかしい光芒にみちた四分の一世紀以上の時空をへて、今回のルパンの最初の冒険が、こんにちルパン自身が最後の冒険と考えたがっているものに結びつくのであった。」 (P436)

最初の、男爵達によるジョゼフィーヌの裁判部分が長すぎて少々退屈したのと、「敵」である彼女とルパンが一緒に行動していて「たたみかけるような展開」というよりは二人の「心理戦」のような感じもあって、これまでの長編に比べるとわくわくドキドキ感が少し薄かったのだけど、でもどんな「復讐」が待っているのか、ジョゼフィーヌがどんな再登場をしてくれるのか、24巻にたどり着くのが楽しみです。