以前ご紹介した『闇の公子』の続編、『平たい地球』シリーズ第2弾『死の王』、やっと読み終わりました。

『闇の公子』の倍ほどの長編、昔の細かい字のハヤカワ文庫で629ページもあるんです。普通に読んでも読み通すにはそれなりの時間がかかるのに、途中でたくさんマンガに浮気しちゃったので……結局1か月近くかかって読了。

ふぅ。やっと紹介できます。



あら、表紙が出ない。萩尾望都さんの美麗な表紙なのですよ♪

絶版かと思ってたらAmazonに新品在庫があるようで、復刊して別カバーになった『闇の公子』とは違っておそらくこの表紙(↓)のものが買えると思われます。


(※残念ながら2017/01/08現在買えるものは新カバーになってしまっています。残念すぎる)

『平たい地球』シリーズとしては2作目なんですが、私は昔、これをまず最初に買ったんですよね。

1作目と3作目には「駸々堂」のカバーがかかっているのに、この『死の王』だけは別の、「Lmagazine」広告のカバー。

「Lmagazine」って、今はもうないよね? 昔の、地域情報マガジンだけど。

「駸々堂」も、つぶれてしまった。

『闇の公子』と『惑乱の公子』を買ったのは、昔の阪急ファイブの5階にあった、マンガやファンタジーやSFにとーっても強かった駸々堂梅田店。

そんなにしょっちゅう通ってたわけじゃないけど、店の構えというか、大体の配置・雰囲気は今でも思い出せる。行くの楽しみだったのにな。

昔の本ってほんと、それを読んだ時の自分の状況のみならず、時代状況まで思い出させてくれるよね。

で。

表紙にもある通り、この作品は「英国幻想文学大賞」を受賞しています。

この惹句と、麗しい萩尾さんの表紙、そして何より『死の王』というタイトルが、かつての私の心を惹いたのでしょう。

幼い頃から今に至るまで、“死すべき生の理不尽”こそが私の文学・哲学の根源ですから。


表紙に描かれた緑っぽい髪の美青年が後に大魔術師になるジレム(魔術師になってからはジレク)。

そのジレムに襲われている(?)これまた美青年が両性具有、女性にも変身できてしまうシミュ。

この二人が、一応主役と言えば主役なんですけど。

決して彼らの物語ではない、という気がする。

なんというか、タニス・リーの語り口って絢爛豪華なんだけど淡々としてて、登場人物に感情移入して読む話じゃないんだよね。「物語」そのものに酔うお話で、シミュもジレムも、「物語」というタペストリを織るための糸の一つに過ぎない。

もちろん、美しい、目立つ糸ではあるんだけど、その裁ち切り方がもう、容赦ないんだもん。

ええーっ、そんなことになっちゃうのぉ、って二人の運命にびっくりする。あんなにもキラキラしく登場した二人の行く末がこれなのかと……。

生者と死者のありうべからざる交わりによって生を受け、人間ならぬエシュヴァ(妖魔の一類)に育てられ、男にも女にもなれる美しいシミュ。

そして、完全な「不死」ではないけれど、「決して他者からは傷つけられない」体を持ったジレム。

この二人の設定だけでも十分「お話」になるのに、「天上の不死の泉を守る幻想の楽園」や「海の民の世界」など、これまたそれだけで1冊になりそうなエピソードがからみ、「これでもか!」というめくるめくファンタジーの満漢全席。

もちろんタイトルロールである『死の王』ウールム、そして『闇の公子』アズュラーンも活躍。

妖魔の王であるアズュラーンと違って、実のところウールムの立ち位置はよくわからない。最初の方で、ウールムはこんな紹介のされ方をする。

「物象にみな形のなかった太古の日々、神々が造りたもうた彼なのか、あるいは彼が、彼の名が必要とされたがゆえに存在するようになっただけのことなのか。とまれ、こうして<死>は存在し……」

死すべきさだめを受け容れるために、人がその名を必要とした。人が、“彼”を具現化した。だから、彼は“死に神”ではない。何の悪意もなく、むしろ自らの使命と孤独に倦み疲れているような風情すらあって。

……ラストシーンのウールムの姿にも、「ええっ!?」と思ってしまったなぁ。ホントにタニス・リーってば容赦がない。

「誰も彼を傷つけることはできない、決して殺されることも病を得ることもなく、長い天寿を生きる」という羨ましい宿命を背負ったジレムは、けれどその宿命ゆえに他者から疎まれ、不幸な人生を歩む。

天上の不死の水を盗み、「永遠の生」を手に入れた人々も、それゆえに活力をなくし、倦怠のうちに生きることを余儀なくされる。

シミュの母であるナラセンが、むしろ死して生き生きと“死の国”を我が物顔に闊歩しているのと反対に、「死なずに生き続けている人間」の方がずっとずっと不幸に描かれているのだ。

もっとも、だから「限りある生こそ尊く美しい」という話かというと、それも違う。

生も死も、人の嘆きも苦しみも、すべてただ見事なタペストリを織り上げるための糸。

読み終わってほぅとため息をつく時、胸に去来するのは逆に、「すべて世はこともなし」というに近い、無常の感慨。

人の運命などなんであろうか。すべて風の前の塵に同じ――。


芳醇な美酒に説明は無用。

酔いしれてください。