清水玲子さんの『秘密〜トップ・シークレット〜』の第3巻が出ました。1巻、2巻については以前に別サイトの『本の虫』で紹介したことがあるのですが。

今回も怖かった。
そしてせつなかった。

この『秘密』シリーズ、死んだ人間の脳の見た「画像」を再現することのできるMRIスキャナというものを使って凶悪犯罪を捜査する、というお話です。
凶悪、というよりは、猟奇的犯罪という感じで、『羊たちの沈黙』や『沙庄妙子最後の事件』を連想させられます。今回も「全身の皮を剥がれた死体」とか出てきて(それももちろん精緻な絵付きで)……ああ、夢に見る。

ホントにね、美青年の薪さんが主役で、全編玲子さんの麗しい絵だから読めるけど、これが劇画タッチの少年マンガだったりしたらもう怖くて怖くて読めないよね、きっと。

玲子さんの絵だから。
そして、玲子さんの感性だから。

心理的に追いつめられる、怖い話だけど、主眼はそれではなくて、捜査員の葛藤であり、犯罪者自身の葛藤であり、人間の業、狂気、死んでしまった者への生きている者の追慕、悲哀、せつなさ……そういったものだから。

つらいんだけど、読んでしまう。

本編『秘密2005』の他に、ショートショートな『不思議な秘密』と、エッセイマンガの『現実の秘密』が併録されていて。
この、『現実の秘密』がまた、とっても「そうそう、この感性なのよね」と思わされた。

私たちの脳は、眼から入ってきた情報だけでなく、勝手にそれを補ってしまう。緑内障なんかで視野が欠けて、実際には見えていない部分があっても、既に知っている情報と付き合わせて勝手に補い、「見えているつもり」にして、そして結果的に病気の発見を遅らせたりしてしまう。

私たちが見ているのは、常に「自分の脳が処理した映像」。自分の脳が作り出した“現実”。
あなたの見ている“世界”と、私の見ている“世界”が同じだなんて保障はどこにもない。

うちの96歳の義祖母は、向かいの家の屋根に白い服を着た人がいるとか、自分のすぐ横に赤ん坊が寝ているとか、他の家族には見えないものをしょっちゅう見ている。
私たちはそれを「幻覚」だと言って一蹴するけど、彼女にとってそれは紛れもない「現実」で、私たちがどんなに「誰もいない」と言っても、彼女は納得しない。

彼女には、見えているから。

いつも、「一体どんなふうに見えているのか、スクリーンに映せればいいのに」と思う。
そうすれば、少しは彼女の気持ちがわかるだろう。

昔、高校生の頃、友だちがこんな歌を教えてくれた。
「あなたの眼に映る私のこの顔は
ほんとに同じ顔ですか?」

麗美の『時のめぐりあい』という歌。
「私の眼に映るこの空の青さは
本当に同じ色ですか?」


しっかり踏みしめているはずの大地がふいに消えて、ぐらぐらと存在が危うくなるような感覚。
怖いけど、そういう生きていることの危うさが、好きだ。