しばらく児童書ばかり読んでいたものだから、大人の物語が無性に読みたくなった。
もう長いこと、橋本治さん以外の本を読んでいない気がする。ダシル=ハメットに手を出したぐらいか。

何を買おうかと考えた時に、思いついたのが森博嗣さん。『日経パソコン』でのエッセイ(コラム?)をずっと楽しく読んでいて、この人の書くものだったら読んでみてもいいな、と思っていた。

書店でいくつか手にとってみて、選んだのがこの『女王の百年密室』。
とてもドキドキした。
面白いかどうかわからない、自分の好みに合うかどうかわからない、初めての著者の本を買うのはスリリングで、久々に「本を買う」醍醐味を味わった。

そもそも日本人の書いた小説を読むのが、とても久しぶりだ。橋本さんを別にすれば、うちにある日本人作家の本は新井素子、高千穂遙、菊地秀行に平井和正、そして首藤剛志ぐらいなものでは。
ほとんど中高生時代のもの。

前置きが長くなってしまった。
『女王の百年密室』である。
すごく面白かった。
怖ろしいくらい私の好みにぴったりだった。
この人とは友達になれる、と思ってしまったぐらいだ。

森さんは売れっ子作家で、かなりたくさんの本を書いている。そしてそれがほとんど全部ちゃんと近所のへぼい書店にも並んでいる(つまり相当なメジャー作家)。
その中で、例えば『すべてがFになる』ではなくこっちを選んだのは、裏表紙に「神の意志と人間の尊厳の相克を描く」なんてことが書いてあったから。

物語は、“神に導かれて”主人公が外とは隔絶された謎の街に入るところから始まる。
神の声を聞く女王が治める、小さな街。静かで、穏やかで、住民は幸せに暮らしているように見える。
警察さえも存在しないような平和なその街で、王子が殺される。街の歴史始まって以来の、殺人――。

一応、事件があって犯人を探す、というミステリー仕立てになっているけれど、重要なのはその過程で交わされる禅問答のような会話と、主人公の自問自答だ。

なぜ人は人を殺すのか?
なぜ人を殺した者は罰せられなければならないのか?
もしも人が完全には死なない、いずれ生き返る可能性があるとするならば、人を傷つけようとする者はいなくなるものなのか?


神は本当にいるのか?
神は何を望んでいるのか?
神は人を幸福にするのか?


この街の人々は本当に幸福なのか。
そしてぼくは。


ぼくは、何のために生きているのだろう――。

ものすごく色々なことを考えさせられる。まったくだ、と思わされる言葉がたくさんある。

「生きることはそれほど難しいことではないのに、何故、ここまで難しくしてしまう機構が生まれたのか。何のために、生きること以外の、あるいは以上の営みをするのか。頭脳の肥大化の目的は何なのか。生を超えて、それが求めるものは何だろう。どこを目指しているのだろう」

「死ぬことなんて恐れていない。僕は、ただ、真実が知りたいだけです」
「真実に、それだけの価値はありません」


自分がこうして生きていることこそが最大のミステリーであり、そしてその謎は、名探偵が物語の最後に種明かしをしてくれるようなものではないのだ。


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